光が収まると、私とルイ様は金属製の重厚な扉の前にいた。
小さな十字架が刻まれているので、きっとここが医務室だ。
扉の横には衛兵が待機していて、私たちを見ると慌てて駆け寄った。
「アングルヴァン卿っ! 王宮に来てくださったのですか!」
〔話はすでに使者から聞いた。【言霊】スキルを持つポーラも一緒だ〕
「そうでしたか! あなたがポーラ嬢なのですね! 今すぐ扉を開けます!」
衛兵が扉を開けてくれ、私とルイ様は静かに室内に入る。
中には何人もの医術師や薬師が待機する。
中央には大きなベッドが置かれ、そこには……。
王様が寝ている。
顔は青ざめ、額には脂汗が滲み、予想以上に具合が悪くて私の心臓が不気味に鼓動する。
ルイ様も厳しい顔で魔法文字を書く。
〔王様はかなり容態が悪いな〕
「はい……。はっきり言って、打つ手がない状況でございます……」
「どんな薬も効果がまったくありません……」
医術師と薬師は唇を噛みながら、悔しそうに話す。
王宮には国一番の凄腕が揃っているけど、彼らでも手に負えないのだ。
まずはシルヴィーの詩を確認しなければ……。
彼女のスキル【忌み詞】が原因ならば、それに対応した詩を書く必要がある。
「シルヴィーが詠んだ詩はありますか?」
「こちらです、ポーラ嬢」
尋ねると、医術師が一枚の紙を渡してくれた。
これがシルヴィーの詩……。
彼女の書いた詩は初めて見る。
読むや否や、血の気が引くのを感じた。
――
胸に宿る負の結晶
それは美しい花を咲かせるでしょう
遅い開花は
見事な花を咲かせるため
クロユリとスノードロップ
黒と白のコントラストが
あなたのを行く先を暗示する
――
言葉のどれもが王様の病気を治すどころか、悪化させてしまう。
なぜこのような言葉を選んだのかはわからないけど、これでは治るものも治らない。
真剣な気持ちで読んでいると、紙を渡した医術師がおずおずと私に尋ねた。
「ど、どうでしょうか、ポーラ嬢……」
「クロユリは“呪い”、スノードロップは“あなたに死んでほしい”……という花言葉があります。また、遅い開花……という文言で、遅効性の効果をもたらしたと考えられます」
「「そ、そんな意味があったのですか……!」」
医術師や薬師たちはみな、驚きの声を上げる。
一般的に花言葉はあまり馴染みがないから、シルヴィーが詩を詠んだときは、まさかこんな効果をもたらすとは思わなかったのだろう。
「シルヴィーの詩の力を打ち消し、王様の病気を治す詩をすぐに書きます。机と椅子を拝借してもよろしいでしょうか」
「はい、もちろんです!」
部屋の隅にあった机と椅子を貸してもらう。
辞書を開いて言葉を探す。
シルヴィーの詩を読みながら、医術師と薬師に病気のことを尋ねた
「王様はどのようなご病気だったのでしょうか。あと、できればいつも調薬したお薬についても知りたいのですが……」
「肺病です。患ったのは五年前で、特に朝方と日没時に強い咳が出ます。原因は両肺の力が弱っていることです」
「王様には鎮咳薬として、〈ハハコグサ〉を煎じたお薬やお茶を処方しておりました。よく効くと喜んでらっしゃったのを、今でも覚えています」
「なるほど……わかりました」
医術師と薬師の話もノートにまとめる。
いつもより早く正確に言葉を選び、羽ペンを走らす。
数分も経たぬうちに一遍の詩が完成した。
ふぅっと小さく息を吐く。
「お待たせしました。詩ができました」
「「ポーラ嬢、よろしくお願いします……。あなたが最後の頼みの綱なのです」」
〔頼む、ポーラ……。王様を救ってくれ〕
医術師、薬師、衛兵の皆さん、そしてルイ様……みんなの目を見て、私はうなずいた。
あとはこの詩を詠うだけ。
王様の病気が治り、無事に目を覚ましますようにと……。
強い気持ちを込めて詩を詠う。
――
我らが王国を統べる
偉大な君王よ
貴台の良き統治にて
我らは平和を享受する
夜明けと日暮れで
胸に訪れる苦難
今 この瞬間にて消滅す
貴台の胸に咲き誇る
アキレアとガーベラの花によって
我らは願う
貴台の健勝
明朗な笑顔を
――
詩を詠い終わると、王様の身体、特に胸の部分が白い光に包まれた。
今回はいつもより少し長く、十秒ほど経ってから消えた。
王様は目覚めない。
――お願い……! 治って……!
血が出るほど両手を硬く組んで祈る。
室内が静寂と緊張に包まれたそのとき……。
「……な、なんじゃ、急に胸がスッキリしたぞよ」
今にも死にそうだった王様が、ゆっくりとベッドの上に起き上がった。
医術師や薬師たちが、転びそうな勢いで王様の周りに集まる。
「「王様、お身体は大丈夫ですかっ!」」
「ああ、もう問題ない。あんなに苦しんでいたのが不思議なくらいじゃよ」
王様は静かに微笑みながらお話しされた。
室内を包んでいた緊張感は消えてなくなり、代わりに安堵があふれる。
医術師も薬師も衛兵も、みんな涙ながらに王様の復活を喜んだ。
ルイ様は静かに進み出ると、私を紹介してくれた。
〔こちらがポーラ・オリオール嬢です。類まれな【言霊】スキルで、王様の病気を治してくれました〕
「おおっ、そうじゃったかっ! お主がポーラ嬢とな、ワシの命を救ってくれてありがとうの。感謝してもしきれん」
「王様のご病気が治って良かったです」
私は丁寧にお辞儀をする。
【言霊】スキルがうまく効いてくれて本当に良かった。
シルヴィーの【忌み詞】スキルが主な原因だったからか、私の【言霊】スキルは効果抜群だったのかもしれない。
「ポーラ嬢、お主の詩を読んでもいいかな? ワシの命を救ってくれた詩が、どのような内容なのか確認したいのじゃ」
「はい、どうぞ」
王様に詩を書いた紙を渡す。
しばらく読んだかと思うと、王様は感嘆とした様子でため息交じりに感謝とお褒めの言葉を述べてくれた。
「読んだだけで気持ちが落ち着き、明るくなる素敵な詩じゃ。お主の詩からは人を癒そう、という想いがひしひしと伝わる」
「アキレアには“治癒”という花言葉が、そしてガーベラには“希望”という花言葉があります。シルヴィーの詩にも花が出てきたので、打ち消すよう作りました」
簡単に説明すると、王様は感心したようにうなずいていた。
「本当に素晴らしい詩をありがとう、ポーラ嬢」
「お褒めの言葉をありがとうございます。言葉には人を癒す力もあれば、傷つける力もありますから。その辺りは常に考えるようにしています」
「なるほどの。立派な心掛けじゃ」
たかが言葉だけど、使い方次第では薬にもなるし毒にもなる。
だからこそ、私たちは気をつけて扱わないといけないのだ。
改めてそう思いながら、ふとルイ様を見ると、顔が硬く強張っていた。
まるで何か辛いことを思い出しているかのような、硬くて暗い表情。
今まで一番と言っていいくらい、張りつめた表情だった。
無事に王様が元気になったのに……。
「あ、あの、ルイ様……どうされたんですか?」
〔いや、何でもない。……何でもないんだ。一緒に王様の快復を祝おう〕
打って変わって、ルイ様は笑顔を浮かべる。
その顔には先ほどの暗さは少しもない。
「まさしく、ポーラ嬢は“聖女”と言われてもおかしくない。さっそく、ポーラ嬢を讃える宴を開かなければならないの」
「い、いえ! 聖女だなんてとんでもないです! それより、お身体の快復を優先してください!」
「「そうですよ! ポーラ嬢が素晴らしいのはたしかですが、まずはお身体です!」」
あっという間に、王様は医術師と薬師に寝かされてしまった。
次々とお茶や食べ物、追加のお薬などが運び込まれ、医務室は騒がしくなる。
外からは衛兵の喜ぶ声も聞こえるので、直に王様の快復は王宮中に伝わるだろう。
ルイ様につんつんと肩をつつかれ、手元を見た。
〔王様はああ仰るが、君の力を思えば何もおかしくはないさ。君のことは、私が一番よく知っている〕
私だけに見えるような、小さい魔法文字が浮かぶ。
王様や医術師たちに褒められたときも嬉しかったけど、それ以上の嬉しさで胸がいっぱいになる。
「……ありがとうございます……ルイ様」
私とルイ様は静かな微笑みを交わした。
小さな十字架が刻まれているので、きっとここが医務室だ。
扉の横には衛兵が待機していて、私たちを見ると慌てて駆け寄った。
「アングルヴァン卿っ! 王宮に来てくださったのですか!」
〔話はすでに使者から聞いた。【言霊】スキルを持つポーラも一緒だ〕
「そうでしたか! あなたがポーラ嬢なのですね! 今すぐ扉を開けます!」
衛兵が扉を開けてくれ、私とルイ様は静かに室内に入る。
中には何人もの医術師や薬師が待機する。
中央には大きなベッドが置かれ、そこには……。
王様が寝ている。
顔は青ざめ、額には脂汗が滲み、予想以上に具合が悪くて私の心臓が不気味に鼓動する。
ルイ様も厳しい顔で魔法文字を書く。
〔王様はかなり容態が悪いな〕
「はい……。はっきり言って、打つ手がない状況でございます……」
「どんな薬も効果がまったくありません……」
医術師と薬師は唇を噛みながら、悔しそうに話す。
王宮には国一番の凄腕が揃っているけど、彼らでも手に負えないのだ。
まずはシルヴィーの詩を確認しなければ……。
彼女のスキル【忌み詞】が原因ならば、それに対応した詩を書く必要がある。
「シルヴィーが詠んだ詩はありますか?」
「こちらです、ポーラ嬢」
尋ねると、医術師が一枚の紙を渡してくれた。
これがシルヴィーの詩……。
彼女の書いた詩は初めて見る。
読むや否や、血の気が引くのを感じた。
――
胸に宿る負の結晶
それは美しい花を咲かせるでしょう
遅い開花は
見事な花を咲かせるため
クロユリとスノードロップ
黒と白のコントラストが
あなたのを行く先を暗示する
――
言葉のどれもが王様の病気を治すどころか、悪化させてしまう。
なぜこのような言葉を選んだのかはわからないけど、これでは治るものも治らない。
真剣な気持ちで読んでいると、紙を渡した医術師がおずおずと私に尋ねた。
「ど、どうでしょうか、ポーラ嬢……」
「クロユリは“呪い”、スノードロップは“あなたに死んでほしい”……という花言葉があります。また、遅い開花……という文言で、遅効性の効果をもたらしたと考えられます」
「「そ、そんな意味があったのですか……!」」
医術師や薬師たちはみな、驚きの声を上げる。
一般的に花言葉はあまり馴染みがないから、シルヴィーが詩を詠んだときは、まさかこんな効果をもたらすとは思わなかったのだろう。
「シルヴィーの詩の力を打ち消し、王様の病気を治す詩をすぐに書きます。机と椅子を拝借してもよろしいでしょうか」
「はい、もちろんです!」
部屋の隅にあった机と椅子を貸してもらう。
辞書を開いて言葉を探す。
シルヴィーの詩を読みながら、医術師と薬師に病気のことを尋ねた
「王様はどのようなご病気だったのでしょうか。あと、できればいつも調薬したお薬についても知りたいのですが……」
「肺病です。患ったのは五年前で、特に朝方と日没時に強い咳が出ます。原因は両肺の力が弱っていることです」
「王様には鎮咳薬として、〈ハハコグサ〉を煎じたお薬やお茶を処方しておりました。よく効くと喜んでらっしゃったのを、今でも覚えています」
「なるほど……わかりました」
医術師と薬師の話もノートにまとめる。
いつもより早く正確に言葉を選び、羽ペンを走らす。
数分も経たぬうちに一遍の詩が完成した。
ふぅっと小さく息を吐く。
「お待たせしました。詩ができました」
「「ポーラ嬢、よろしくお願いします……。あなたが最後の頼みの綱なのです」」
〔頼む、ポーラ……。王様を救ってくれ〕
医術師、薬師、衛兵の皆さん、そしてルイ様……みんなの目を見て、私はうなずいた。
あとはこの詩を詠うだけ。
王様の病気が治り、無事に目を覚ましますようにと……。
強い気持ちを込めて詩を詠う。
――
我らが王国を統べる
偉大な君王よ
貴台の良き統治にて
我らは平和を享受する
夜明けと日暮れで
胸に訪れる苦難
今 この瞬間にて消滅す
貴台の胸に咲き誇る
アキレアとガーベラの花によって
我らは願う
貴台の健勝
明朗な笑顔を
――
詩を詠い終わると、王様の身体、特に胸の部分が白い光に包まれた。
今回はいつもより少し長く、十秒ほど経ってから消えた。
王様は目覚めない。
――お願い……! 治って……!
血が出るほど両手を硬く組んで祈る。
室内が静寂と緊張に包まれたそのとき……。
「……な、なんじゃ、急に胸がスッキリしたぞよ」
今にも死にそうだった王様が、ゆっくりとベッドの上に起き上がった。
医術師や薬師たちが、転びそうな勢いで王様の周りに集まる。
「「王様、お身体は大丈夫ですかっ!」」
「ああ、もう問題ない。あんなに苦しんでいたのが不思議なくらいじゃよ」
王様は静かに微笑みながらお話しされた。
室内を包んでいた緊張感は消えてなくなり、代わりに安堵があふれる。
医術師も薬師も衛兵も、みんな涙ながらに王様の復活を喜んだ。
ルイ様は静かに進み出ると、私を紹介してくれた。
〔こちらがポーラ・オリオール嬢です。類まれな【言霊】スキルで、王様の病気を治してくれました〕
「おおっ、そうじゃったかっ! お主がポーラ嬢とな、ワシの命を救ってくれてありがとうの。感謝してもしきれん」
「王様のご病気が治って良かったです」
私は丁寧にお辞儀をする。
【言霊】スキルがうまく効いてくれて本当に良かった。
シルヴィーの【忌み詞】スキルが主な原因だったからか、私の【言霊】スキルは効果抜群だったのかもしれない。
「ポーラ嬢、お主の詩を読んでもいいかな? ワシの命を救ってくれた詩が、どのような内容なのか確認したいのじゃ」
「はい、どうぞ」
王様に詩を書いた紙を渡す。
しばらく読んだかと思うと、王様は感嘆とした様子でため息交じりに感謝とお褒めの言葉を述べてくれた。
「読んだだけで気持ちが落ち着き、明るくなる素敵な詩じゃ。お主の詩からは人を癒そう、という想いがひしひしと伝わる」
「アキレアには“治癒”という花言葉が、そしてガーベラには“希望”という花言葉があります。シルヴィーの詩にも花が出てきたので、打ち消すよう作りました」
簡単に説明すると、王様は感心したようにうなずいていた。
「本当に素晴らしい詩をありがとう、ポーラ嬢」
「お褒めの言葉をありがとうございます。言葉には人を癒す力もあれば、傷つける力もありますから。その辺りは常に考えるようにしています」
「なるほどの。立派な心掛けじゃ」
たかが言葉だけど、使い方次第では薬にもなるし毒にもなる。
だからこそ、私たちは気をつけて扱わないといけないのだ。
改めてそう思いながら、ふとルイ様を見ると、顔が硬く強張っていた。
まるで何か辛いことを思い出しているかのような、硬くて暗い表情。
今まで一番と言っていいくらい、張りつめた表情だった。
無事に王様が元気になったのに……。
「あ、あの、ルイ様……どうされたんですか?」
〔いや、何でもない。……何でもないんだ。一緒に王様の快復を祝おう〕
打って変わって、ルイ様は笑顔を浮かべる。
その顔には先ほどの暗さは少しもない。
「まさしく、ポーラ嬢は“聖女”と言われてもおかしくない。さっそく、ポーラ嬢を讃える宴を開かなければならないの」
「い、いえ! 聖女だなんてとんでもないです! それより、お身体の快復を優先してください!」
「「そうですよ! ポーラ嬢が素晴らしいのはたしかですが、まずはお身体です!」」
あっという間に、王様は医術師と薬師に寝かされてしまった。
次々とお茶や食べ物、追加のお薬などが運び込まれ、医務室は騒がしくなる。
外からは衛兵の喜ぶ声も聞こえるので、直に王様の快復は王宮中に伝わるだろう。
ルイ様につんつんと肩をつつかれ、手元を見た。
〔王様はああ仰るが、君の力を思えば何もおかしくはないさ。君のことは、私が一番よく知っている〕
私だけに見えるような、小さい魔法文字が浮かぶ。
王様や医術師たちに褒められたときも嬉しかったけど、それ以上の嬉しさで胸がいっぱいになる。
「……ありがとうございます……ルイ様」
私とルイ様は静かな微笑みを交わした。