「ポーラちゃんっ、昨日はあの後どうなったのっ」
「一から十まで教えてくださいっ」
『フェンリルにもわかるように頼むっ』
「端折るんじゃないよっ」

 翌朝、朝食が済み、お庭の掃除を始めようと玄関から出た瞬間、すぐさま興奮した様子のみんなに囲まれた。
 右から左から、自室に運ばれた後の講堂を事細かく問いただされる。

「べ、別に何もありませんよ。ベッドに横になった後、すぐに寝てしまいました」
『「まっさかーっ」』

 寝たと言っただけで、大仰に驚かれる。
 結局、昨日は夜ご飯も食べずに朝まで寝てしまったのだ。
 というより、みんな窓から覗き見ていたから、何が起きたか全部知っているはずなのに……。
 ガルシオさんがこほんっと軽く咳払いし、厳めしい顔つきで話し出す。

『ポーラ。ルイと仲が良いのはいいことだ。大いに仲良くしてくれ。だがな……“いかがわしい”のはよろしくないと思うぞ』
「いかがわしいことは私もルイ様もしていませんよ、ガルシオさん」

 どうやら、ガルシオさんはお姫様抱っこを“いかがわしい”ことだと認識しまっているらしい。
 人を運ぶ方法の一種です、と何度説明しても納得してくれなかった。
 その“いかがわしい”お姫様抱っこで思い出したのか、みんなはより一層興奮が激しくなる。

「だって、辺境伯様があんな大事そうに女の人を運ぶところ、初めて見たもん。あれはもう、運命に選ばれた男女にしか許されない抱っこだよ」

 ……とは、エヴァちゃんの談。

「まさしくポーラさんは麗しいお姫様、ルイ様は優美な王子様……。まるで、美しい物語の一場面を見ているかのような心持ちでした」

 ……とは、アレン君の談。

『あんなに男らしいルイは過去一番だ。あんなにキリッとした顔ができるのかと思ったよ。いかがわしいのは良くないがな』

 ……とは、ガルシオさんの談。

「ルイも顔に似合わず、やるときはやるんだねぇ。ルイがあんな大胆な抱っこをするだなんて、昨日までのあたしに言っても信じないだろうよ」

 ……とは、マルグリットさんの談。
 みんな色々と妄想が先走り過ぎているような……。

「私とルイ様はみんなと変わらない関係ですよ」
「『またまた~』」

 いくら想像しているのとは違う、みんなと同じ関係だ、と言っても、四人はニヤニヤするばかりで納得してくれない。
 困ったね、どうすれば納得してくれるのか。
 どんな言葉で説明しようかな、と考えていると、マルグリットさんが思い出したように言った。

「そうだ、ポーラ。ルイと相談したんだけど、あたしもしばらくこの屋敷で暮らすことにしたよ。でも、掃除や洗濯は自分でするからね」
「えっ、そうなんですかっ!?」

 思わず、驚きの声を上げてしまう。
 てっきり、マルグリットさんはお家に帰るのかと思っていた。
 お屋敷で一緒に暮らすんだ。

「“久遠の樹”の様子を見ないといけないからね。これからも観察が必要なんだよ」

 マルグリットさんは自信満々に言う。
 本心は樹じゃなくて、私とルイ様の観察なんじゃないかな……。
 顔に書いてあるし。
 ……念のため、観察しても面白い現象はありません、とお伝えしておこうか。
 そう伝えようとしたとき、玄関が静かに開かれた。
 さっきまであれこれ話していたからか、現れた男性を見ると心臓がドキッとしてしまう。

〔ポーラ、ちょっといいか?〕
「は、はいっ」

 ルイ様だ。
 朝にお話しすることは驚くことでもないのに、どうしたわけか心臓が強く鼓動してしまう。
 心地良いような、もどかしいような……不思議な感覚もまた、私を混乱させる。
 みんなはと言うと、私たちの周りから離れお庭の隅っこに移動していた。
 いつの間に……。
 ワクワクとした瞳でこちらを眺める。
 ガルシオさんだけは前足で顔を隠し、隙間からこちらを見ていた。
 ですから、いかがわしいことは何もしていないのですが……。

〔インクがそろそろ切れそうなので、街に行く機会があったら一緒に買っておいてくれるか?〕
「わかりましたっ。誠心誠意、買わせていただきますっ」
〔ありがとう、よろしく頼む〕

 ただの業務連絡なのに、なぜかドキドキしながら答えてしまった。
 ルイ様は特に何を言うわけでもなく、いつも通りの雰囲気でお屋敷に戻る。
 みんなは私の周りに戻ると、ニヤニヤとした意味深な笑みを浮かべた。

「『いったいどんな話を……!』」
「今度インクを買ってきてほしいという、単なる業務連絡で……」
「『またまた~』」

 事実を伝えても、やっぱり信じてくれなかった。
 まぁ、そのうち平常運転に戻るかな。
 ワクワクするみんなじゃないけど、心の中にフッと疑問が浮かぶ。

 ――私はルイ様に対して……どう思っているのだろう……。

 自分の心と向き合う。
 今までルイ様に対しては、尊敬や憧れ、私をおいてくれた優しさ……などの感情が主に心を占めていた。
 大切な人なのは間違いないはずだ。

 ――でも……それだけじゃない気がする。

 いつからか、尊敬や敬慕といった感情とは、別の気持ちが私の心に根付きだした気がする……。