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 過ぎ来し方より継承されし
 時の経緯を証する
 威厳の書物よ
 我らの願いをここに示す
 
 過去から学び
 知識と知恵を修したい
 現在を生き
 未来へ命を繋げる者のために

 天より嘱目する女神
 両手の日輪と月輪が示すは
 この世の心理
 諸行無常 盛者必衰

 我らは理の中に生き
 遙か彼方へ
 時を繋ぐ
――

 いつものように心を込めて詩を詠うと、"御影の書”が白い光りに包まれた。
 十秒ほど光りに包まれ、やがて静かに消える。
 見た目には変化がないけれど、【言霊】スキルはちゃんと発動されたはず……。
 うまくいったかドキドキしていたら、ルイ様がそっと私の肩に手を置いた。

〔大丈夫、心配しなくていい。君の力は私が一番よく知っている〕
「ルイ様……ありがとうございます……」

 その温かい言葉で、私の心に湧いた不安は消えてしまった。
 心の中で反芻するように思う。
 大丈夫……自分の力に自信を持つのよ、ポーラ。
 ルイ様は"御影の書”に手を触れる。
 そっと表紙に指を走らすと……ゆっくりと開かれた。
 さっき私が触ったときに感じた、強固な意志のような硬さはない。
 次々と軽やかにページがめくられる。
 【言霊】スキルがうまく効いてくれたんだ!
 思わず、喜びの声を上げてしまった。

「本が……本が開きました、ルイ様!」
〔ああ、君のおかげだよ。私では絶対に開くことができなかった。……本当にすごい女性だ、君は〕
「もったいないお言葉をありがとうございます」

 魔法文字の躍動感からも、ルイ様の嬉しさが伝わる。
 頑張って……よかった。
 意図せず、ホゥッと大きなため息をつく。
 大丈夫と自分に言い聞かせても、やっぱりうまくいくか不安だったのだ。
 私のため息の音が聞こえたのか、ルイ様は本をめくる手を止めて伝えてくれた。

〔ポーラ、疲れたろう。今日はもう休みなさい。私は少し解読をしてから上に戻るつもりだ〕

 ルイ様の気遣いはありがたかったけど、私はできればまだ地下倉庫にいたかった。
 やりたいことがあるのだ。

「あの……もしよかったら、地下倉庫の中を見学させていただいてもよろしいでしょうか? 見たこともないアイテムばかりなので、後学のために勉強させてほしいのです」

 "深淵の鎧”や"降臨の剣”など、今日を逃すと一生見られないだろう。
 それ以外にも、地下倉庫は興味を惹かれる物でいっぱいだった。
 この先、同じくらい貴重な品の修理や調整を頼まれることがあるかもしれない。
 チャンスがあれば、少しでも幅広い経験を積んでおきたかった。

〔もちろん、構わない。好きなだけ見学しなさい。何なら触ってもいい〕
「ありがとうございます、ルイ様」
〔では、少し集中するので扉は閉じるが、用があったら遠慮なく知らせなさい〕

 そう書くと、ルイ様はぱたりと扉を閉める。
 地下倉庫に静けさが戻った。
 さっそく、アイテムの近くに寄って見学させてもらう。
 鎧や剣の他にも、顔が映り込むほど磨き上げられた銀色の盾や、海のように澄んだ青色のポーションなど、見ただけで貴重だとわかるアイテムがいっぱいだった。
 盾は表面がピカピカだし、魔法を反射する力があるのかな……ポーションは一口飲んだだけでどんな怪我も治ってしまいそう……。
 色々と楽しい妄想を膨らませ、感じた印象や造形の詳細など隈なくメモを取る。

 しばらく熱心に見て、数十分は経ったと思われる頃。
 あの小さな扉が開き、ルイ様が静かに出てきた。
 ノートを閉じて駆け寄る。

「お疲れ様です、ルイ様。"御影の書”の解読はどうでしたか?」
〔まだほんの序盤だが、思ったより早く進められそうだ。保存状態もよいから、内容が理解しやすい〕
「よかったです! 古代文字が読めるなんて、やっぱりルイ様はすごい魔法使いなのですね」

 私も古の時代について勉強したことがあるけど、とても難しかった。
 絵に近い文字で情報を伝えるらしく、意味の判別が困難なのだ。

〔いや、私より君の方が何倍もすごい。古代魔法の結界を解除したのだから。そんなスキルを使える人間は、私も初めて見た〕
「ルイ様が"御影の書”について詳しく教えてくださったからです。きっと、私一人では解除できませんでした」

 【言霊】スキルは、相手について知れば知るほど効果を増す。
 ルイ様の深い知識があってこそだった。

〔ポーラ、解読を手伝ってくれたお礼がしたい。"御影の書"を読んだら、面白そうな古代魔法をがあってな。君に見せようと思う〕
「えっ、古代魔法を見せてくださるのですか!?」
〔ああ、そうだ〕

 古代魔法を見せたいと伝えられ、強い驚きとそれ以上の嬉しさを感じる。
 ぜひ拝見したかったけど、次の瞬間にはやはり遠慮したい気持ちとなった。

「しかし……私などが最初に見てもよろしいのでしょうか。王様などの偉い方に見ていただいた方が……」

 古代魔法は、未だかつて国内で使われたことがないと聞く。
 そのような貴重な魔法は、それこそ王様などの高貴な方々に見てもらった方がいいんじゃないだろうか。
 私の話に、ルイ様はゆっくりと魔法文字を書いた。
 優しく包み込むような筆跡で。

〔今回の一番の功労者は君だ。最初に見る権利は十分にある。何より……君に一番見てほしいんだ〕
 
 じわじわと胸に嬉しさがあふれる。
 喜びで何も言えず、笑顔でこくりとうなずいた。
 ルイ様はゆっくりと右手を上に向けると、金色の粒子が少しずつ生み出された。
 徐々に形を作り、ペガサスやユニコーン、グリフォンなど……伝説に聞く生き物の姿となって私たちの周りを飛び回る。
 身体は魔力の粒子でできており、動くたびキラキラと幻想的な光が煌めく。
 今まで見たこともない荘厳な美しさに、心が打たれた。

「こ、これは何の魔法ですか……? 美しくて綺麗で、心が洗われます」
〔古の時代に生きていた動物や魔物を表現する魔法のようだ。当時の詳細な資料としても使えるな〕

 ルイ様も嬉しそうな、感嘆とした表情で魔法の行く末を見守る。
 薄暗い地下倉庫は魔法の光で昼間のごとく明るくなり、まるで舞踏会が開かれているような華やかさだった。

「ルイ様、こんな特別な魔法を見せてくださり……本当にありがとうございます。美しすぎて……胸が震えてしまいます」

 心が洗われ、目の端に薄らと涙が浮かぶのを感じる。
 ふと、ルイ様が私の前で魔法文字を書かれたのに気づいた。

〔私にとっては……君が特別なんだ〕

 小さくて綺麗な魔法文字……。 
 その言葉を最後まで読んだ瞬間、私の胸はドキリと高鳴った。
 嬉しさと戸惑いが入り交じったような気持ちとともに……。

「わ、私が特別とは……どういう意味でしょうか……」
〔い、いや、何でもない。気にしないでくれ〕

 ルイ様は急いで消すと、乱れた文字で書き直してしまった。
 そのまま、スタスタとお屋敷への階段に向かう。
 もう少し聞きたかったけどしょうがない。
 私もなぜかドキドキが収まらない心臓を落ち着かせながら後を追った。
 外の明かりが差し込み周囲が少しずつ明るくなってくると、聞き慣れた男女の声が聞こえる。

「……ほら、アレン。もっと腰を入れて拭きなさい」
「姉さんも説教ばかりしてないで掃除してよ」

 エヴァちゃんとアレン君だ。
 執務室の窓を拭きながら言い合う。
 机の上には、ガルシオさんが色んな食べ物(特にお肉)を並べていた。
 私たちに気づくと、しどろもどろでお話しされる。

『これはえっと……準備だ。そう、準備。お前たちが腹減って戻ってきたら、すぐに渡せるようにだな……』
〔ガルシオ、見苦しいぞ〕
 
 大好きなみんなと、柔らかな日差しが私とルイ様を迎えてくれた。