〔ポーラ、“御影の書”は屋敷の地下倉庫に保管されている。案内するから着いてきてくれ〕
「わかりました。初めてお邪魔するので、なんだか緊張してきました」

 食事が終わった食堂でルイ様に伝えられると、胸がドキッとした。
 あの後みんなで朝ごはんを食べ終わり、さっそく魔導書の解読を始めることになった。
 まだ入ったことはないけど、お屋敷には地下倉庫があり、アングルヴァン家に伝わる貴重な品や、国から預かった歴史的資料などが保管されているとも聞いた。

〔今伝えた通り、地下倉庫には貴重な品々が多くある。特殊な結界魔法で守っているが、一度に入れるのは二人までなのだ。だから、ポーラ以外の者は屋敷にいてくれ〕
「「承知いたしました、辺境伯様」」

 ルイ様の言葉に、エヴァちゃんとロッド君はピシッと返事する。
 反面、ガルシオさんはやや不満げな様子で頬を膨らませていた。

『俺も連れて行ってくれよ~。まだ入ったことないんだぞ~』
〔すまない、ガルシオ。フェンリルも人数にカウントされる。ポーラだけは絶対に外せないんだ〕
『ふ~ん、それならまぁしょうがないか。ポーラ、土産話を楽しみにしているからな』

 申し訳なさそうにルイ様が魔法文字を書くと、ガルシオさんも納得してくれた。
 食堂から出て、エヴァちゃんたち三人と別れる。

「では、辺境伯様。わたしたちは仕事に戻ります。……ポーラちゃん、後でお話聞かせてね。うまくいくよう祈っているよ」
「お二人ともお気をつけください。何かございましたらすぐ駆けつけますので」
『腹が減ったら飯を食いに来い』

 バイバイと手を振り、私とルイ様はお屋敷の奥へと進む。
 どこに行くのかな、と思っていたら執務室に着いた。
 中に入れてもらいながらお尋ねする。

「地下倉庫はルイ様の執務室にあるのですか?」
〔ああ、そうだ。面白いものを見せてあげよう。少し離れていなさい〕

 ルイ様はカーテンを閉めると、東側の本棚に手をかざした。
 すると、驚くことに静かに横へ移動した。
 ずずず……と本棚が動ききると、金属で作られた重厚な扉が現れる。
 お屋敷に来て、初めてのことだった。

「まさか、隠し扉があったなんて知りませんでした。たしかに、本棚の後ろなら見つかりそうにないですね」
〔防犯上、必要もなく教えることは避けているんだ。隠していたわけではない」
「なるほど……」

 お屋敷から街から離れているけど、いつどこで誰に見られているかはわからない。
 ルイ様のご判断は正しいと思った。

〔さて、地下倉庫はこの扉の先にある。今、鍵を開けよう〕

 ルイ様が扉に手を当てると、カチャリと軽い音がして独りでに開いた。
 まるで、私たちを迎え入れてくれるようだ。

「地下は結構深いのですか?」
〔そうだな、しばらくは階段を下ることになる。松明はないが、私が魔法で足元を照らす。それでも暗いから十分気をつけてくれ〕
「わかりました、ありがとうございます」

 ルイ様に続いて扉をくぐる。
 中はひんやりした空気に包まれ、地上とは別世界に来た気分だ。
 階段は、ギリギリ人がすれ違えそうなくらいの幅。
 狭いおかげで、両手で身体を支えながら降りられるね。
 壁には松明の類は一個もないけど、ルイ様が小さな光の球で照らしてくれているので、暗いけど階段はよく見えた。
 数分降りると、平面にたどり着いた。

〔今明かりをつけよう〕
「松明があるのですか?」
〔なに、見ていればわかる〕

 周囲が暗くても魔法文字はキラキラと輝くので、何が書いてあるのかわかった。
 ルイ様が光の球をふわりと天井に飛ばす。
 空中で五個に分かれると、吊るされたランプに収まった。
 室内がパッと明るくなる。
 地下倉庫は思ったより広くて、縦横30mくらいの大きな空間だった。
 黒くて怖そうな鎧や、宝石の埋め込まれた長剣、小さいけれど不思議と威圧感のある鏡など、見たこともないアイテムがところ狭しと並ぶ。

〔このスペースには、主にアングルヴァン家に伝わる品々を置いている。せっかくだから、少し説明しておこう。あの黒い鎧は“深淵の甲冑”。どんな強力な魔法も無に帰してしまう。そこに立てかけてある長剣は“降臨の剣”。古の時代、天使の降臨に使われていたらしい。あそこにある鏡は……〕

 ルイ様はいくつかのアイテムについて説明してくれた。
 そのどれもが、普通に生きているだけでは見ることさえないような物ばかりだった。
 思わず、感嘆とした声が漏れる。

「す、すごく貴重そうな品ばかりですね。まるで、王宮の宝物庫にいるみたいです」
〔今となっては、どれも無用の長物だがな〕

 私は恐れおののいていたけど、ルイ様は何の気なしにサラサラと魔法文字を書かれる。
 宝物の後ろには巨大なゴーレムなどもあり、どうやって運んだのだろうと気になった。

「通路の幅より大きなアイテムもあるんですね」
〔大きな物は私が収納魔法を使って運搬したんだ〕
「そうだったのですか。……あの、魔導書はここにはないのでしょうか?」

 隈なく探したわけではないけど、ざっと見た感じ本の類はなさそうだった。

〔うむ。ひと際貴重な品だから、さらに特別な部屋で保管している。こちらに来てくれ〕
「わかりました」

 ルイ様は地下倉庫を横切り、一番奥の壁まで歩く。
 壁には、これまた扉が埋まっていた。
 小さいけど頑丈そうだ。
 ルイ様が空中に掌を向けると、紫色の鍵が現れた。
 収納魔法でしまっていたのかと思ったけど、魔力で形作られた鍵だ。
 鍵穴に差し込み扉が開く。
 5m四方くらいの部屋だった。
 木製の机と椅子が一脚ずつ置かれており、机の上にそれはあった。

〔ポーラ、これが古の魔導書……“御影の書”だ。迎撃魔法の類はかけられていないから、近寄っても大丈夫だ〕
「は、はい。これが……“御影の書”なんですね」

 ルイ様に続いて、恐る恐る本に近づく。
 夜空のような深い藍色の表紙で、羽根を広げた美しい女神さまが描かれていた。
 右手には太陽、左手には満月を持つ。
 余白には見慣れない文字(古代文字かな……)が、隙間なく埋める。
 宙に浮かんだり禍々しい魔力を放ったりはしていないのに、地下倉庫のどんなアイテムより畏怖を感じた。
 一冊の本だけど、歴史を繋いできた風格だ。

〔表紙や背表紙、裏面の古代文字を解読した限りでは、古の時代の文化や当時生息した魔物に関する魔法が記されているようだ〕
「いつ頃書かれた書物なんでしょうか」
〔およそ千年前だろう。他にも知りたいことがあったら答えよう。私のわかる範囲でだが〕

 ルイ様から‟御影の書‟について詳しく教えてもらう。
 女神様は混乱に溢れた古の時代を治めたとされる神様で、太陽と月で繁栄と衰退の移り変わりを表しているらしい。
 実際に本を触らせてもくれた。
 たしかに、表紙はガチッとくっついたように硬くて開かない。
 そっ……と撫でると、柔らかな革の感触が歴史の重みを伝える。
 忘れずに辞書も持ってきたので、その場で言葉を探して詩を紡ぐ。
 しばし、羽ペンを走らせ、詩が完成した。

「できました、ルイ様」
〔頼む、ポーラ。君の力を貸してくれ〕

 “御影の書”の前に立ち、姿勢を正す。
 古の時代から続く価値ある書物。
 その解読に立ち会えるなんて、私は幸せだ。
 精神を集中させ、詩を詠う。
 ルイ様のために……。