「まだ開店前だというのに、あんなにお客さんがいますわぁ」
「大繁盛じゃないか」
"言霊館 ver.シルヴィー”を開店し、もう数週間は経つ。
連日、あたくしは【忌み詞】で詩を読む毎日だった。
客の持ってくる無理難題を、慈愛の心で相手してやるのだ。
失敗してもルシアン様がいれば怖くない。
伯爵家の権威をかざせば、客は逃げ帰る。
ルシアン様も楽しそうだしね。
失敗してもお金はちゃんと請求する。
楽な仕事だった。
お義姉様ったら、こんな楽な仕事を独り占めしていたとは許せないわ。
でも、まぁいいでしょう。
見逃してあげるわ。
「あんなにたくさんのお客さんがぁ、あたくしを求めに来ているなんてぇ、緊張してしまいますわぁ」
「シルヴィーはポーラの何十倍も美しいからな。地味な女しか知らなかったヤツらにとって刺激が強すぎるのさ」
ルシアン様はあたくしの髪を撫でながら話す。
正直なところ、この人は上質な繋ぎだった。
新しいドレス代を稼いだら貴族の夜会に行って、伯爵家より高位の貴族と知り合いになってやるんだから。
明るい気持ちで扉を開ける。
「お待たせしましたぁ~。"言霊館 ver.シルヴィー”の開店ですわぁ~」
開くや否や、怒濤のごとく客がなだれ込んだ。
さあ、今日はどんな貴族が来るのかしらぁ?
侯爵でも公爵でも構わないわよぉ~?
頭の中で舞踏会が繰り広げられる。
優しげな美男子の侯爵令息と、筋肉質で野性的な公爵令息があたくしをダンスに誘おうと奪い合う。
ああ、あたくしを取り合わないでぇ~、どちらでもよろしいですわぁ~……という楽しい妄想は一瞬で打ち砕かれた。
「シルヴィー様、粉々にした壺を弁償してください!」
「時間が経てば元に戻るとおっしゃいましたよね!? ところがどうですか、染みが広がってしまいました! 私の大切な服でしたのに!」
「僕のくまのぬいぐるみ! 腕だけじゃなくて足も取れちゃった!」
客たちは店に入るや否や、並ぶこともなくあたくしに詰め寄った。
あろうことか、その誰もがくどくどと文句を言ってくる。
……は?
何が起きているの?
隣にいるルシアン様もまた、訝しげな表情だった。
「あなたが詩を歌うたび悪いことが起きる! しかも、ここにいる全員が同じような被害に遭っています」
「ポーラ様はどこに行ったんですか!」
「そうですよ! ポーラ様を出してください! ポーラ様じゃないとダメなんです!」
あたくしが呆然としている間も、客たちの文句は止まらない。
ポーラ様だったらどんな病気もたちまち治してくださった、ポーラ様だったらこんなことにはならなかった……お義姉様、お義姉様、お義姉様……。
いい加減にしてちょうだい。
客たちは揃って「ポーラ様だったら……」を繰り返す。
その言葉はチクチクとあたくしの心を刺し、やがて強い怒りを捻出した。
こいつらに使うプリティフェイスとプリティボイスなどない。
「あんたらねぇ……。言わせておけば……」
「シルヴィー様のスキルは……災いを招くスキルなのです!」
群衆の中からしがれた声が響いた。
声が聞こえた方を見る。
"言霊館 ver.シルヴィー”をオープンした初日、謎の赤い花を持ってきたあのおばあさんと女児がいた。
今の言葉は、おばあさんが叫んだのだ。
女児もまた、あたくしを厳しい顔で睨む。
子どものくせに生意気な……。
「シルヴィー様のスキルとポーラ様のスキルは天と地ほどの差がある!」
「ポーラ様は天使、片やシルヴィー様は悪魔のようだ!」
「今すぐ"言霊館”を閉めてください! これ以上の被害が出る前に!」
おばあさんの言葉をきっかけに、客たちはいっせいに声を上げる。
女神のように心が広いあたくしでも、さすがに看過できない。
「あたくしのスキルは本来、あんたらのような貧乏人に使うような物じゃ……」
「「ポーラ様を出してください! "言霊館”はポーラ様の物なんです!」」
徐々に収拾がつかなくなってきた。
でも大丈夫。
こういうときのためにルシアン様がいるんだから。
「ルシアン様ぁ、この人たち怖いですわぁ」
そっと腕を握りながら言うと、ルシアン様は客たちの前に踏み出す。
「俺の言うことに文句があんのか? 俺は由緒正しきダングレーム伯爵家の跡取りだぞ。お前らはそれをわかって言ってんだろうなぁ?」
「「……ありません」」
ルシアン様がすごむと、客たちは引き下がった。
お義姉様は客を選ぼうとしなかったので、"言霊館”には貴族以外にも庶民の客が多かった。
どうして、金払いの悪い貧乏人の相手をしているのか最後までわからなかったけど、逆に良かったわね。
この中にルシアン様より位の高い人はいないのだもの。
ちらほらと貴族がいるも、男爵や子爵といった弱小貴族だけだ。
伯爵家の権威の前に跪きなさい。
客たちはしばらく不機嫌そうな顔をしていたけど、やがて「失礼いたしました……」と言って店から出た。
「おいおい、何だよあいつら。俺たちを有力貴族だと知らねえのか」
「まったくですわぁ。朝から疲れてしまいましたぁ」
毒づくも、先ほど言われた言葉が頭の中で反響する。
――シルヴィー様のスキルは……災いを招くスキルなのです!」
そんなことはあり得ない。
【忌み詞】は、むしろ奇跡を起こすスキルだ。
今まではまだスキルに慣れていなかっただけ。
時間が経てば、真の力が解放されるのだ。
あたくしの力が災いを招くなんて……きっと気のせいよ。
「大繁盛じゃないか」
"言霊館 ver.シルヴィー”を開店し、もう数週間は経つ。
連日、あたくしは【忌み詞】で詩を読む毎日だった。
客の持ってくる無理難題を、慈愛の心で相手してやるのだ。
失敗してもルシアン様がいれば怖くない。
伯爵家の権威をかざせば、客は逃げ帰る。
ルシアン様も楽しそうだしね。
失敗してもお金はちゃんと請求する。
楽な仕事だった。
お義姉様ったら、こんな楽な仕事を独り占めしていたとは許せないわ。
でも、まぁいいでしょう。
見逃してあげるわ。
「あんなにたくさんのお客さんがぁ、あたくしを求めに来ているなんてぇ、緊張してしまいますわぁ」
「シルヴィーはポーラの何十倍も美しいからな。地味な女しか知らなかったヤツらにとって刺激が強すぎるのさ」
ルシアン様はあたくしの髪を撫でながら話す。
正直なところ、この人は上質な繋ぎだった。
新しいドレス代を稼いだら貴族の夜会に行って、伯爵家より高位の貴族と知り合いになってやるんだから。
明るい気持ちで扉を開ける。
「お待たせしましたぁ~。"言霊館 ver.シルヴィー”の開店ですわぁ~」
開くや否や、怒濤のごとく客がなだれ込んだ。
さあ、今日はどんな貴族が来るのかしらぁ?
侯爵でも公爵でも構わないわよぉ~?
頭の中で舞踏会が繰り広げられる。
優しげな美男子の侯爵令息と、筋肉質で野性的な公爵令息があたくしをダンスに誘おうと奪い合う。
ああ、あたくしを取り合わないでぇ~、どちらでもよろしいですわぁ~……という楽しい妄想は一瞬で打ち砕かれた。
「シルヴィー様、粉々にした壺を弁償してください!」
「時間が経てば元に戻るとおっしゃいましたよね!? ところがどうですか、染みが広がってしまいました! 私の大切な服でしたのに!」
「僕のくまのぬいぐるみ! 腕だけじゃなくて足も取れちゃった!」
客たちは店に入るや否や、並ぶこともなくあたくしに詰め寄った。
あろうことか、その誰もがくどくどと文句を言ってくる。
……は?
何が起きているの?
隣にいるルシアン様もまた、訝しげな表情だった。
「あなたが詩を歌うたび悪いことが起きる! しかも、ここにいる全員が同じような被害に遭っています」
「ポーラ様はどこに行ったんですか!」
「そうですよ! ポーラ様を出してください! ポーラ様じゃないとダメなんです!」
あたくしが呆然としている間も、客たちの文句は止まらない。
ポーラ様だったらどんな病気もたちまち治してくださった、ポーラ様だったらこんなことにはならなかった……お義姉様、お義姉様、お義姉様……。
いい加減にしてちょうだい。
客たちは揃って「ポーラ様だったら……」を繰り返す。
その言葉はチクチクとあたくしの心を刺し、やがて強い怒りを捻出した。
こいつらに使うプリティフェイスとプリティボイスなどない。
「あんたらねぇ……。言わせておけば……」
「シルヴィー様のスキルは……災いを招くスキルなのです!」
群衆の中からしがれた声が響いた。
声が聞こえた方を見る。
"言霊館 ver.シルヴィー”をオープンした初日、謎の赤い花を持ってきたあのおばあさんと女児がいた。
今の言葉は、おばあさんが叫んだのだ。
女児もまた、あたくしを厳しい顔で睨む。
子どものくせに生意気な……。
「シルヴィー様のスキルとポーラ様のスキルは天と地ほどの差がある!」
「ポーラ様は天使、片やシルヴィー様は悪魔のようだ!」
「今すぐ"言霊館”を閉めてください! これ以上の被害が出る前に!」
おばあさんの言葉をきっかけに、客たちはいっせいに声を上げる。
女神のように心が広いあたくしでも、さすがに看過できない。
「あたくしのスキルは本来、あんたらのような貧乏人に使うような物じゃ……」
「「ポーラ様を出してください! "言霊館”はポーラ様の物なんです!」」
徐々に収拾がつかなくなってきた。
でも大丈夫。
こういうときのためにルシアン様がいるんだから。
「ルシアン様ぁ、この人たち怖いですわぁ」
そっと腕を握りながら言うと、ルシアン様は客たちの前に踏み出す。
「俺の言うことに文句があんのか? 俺は由緒正しきダングレーム伯爵家の跡取りだぞ。お前らはそれをわかって言ってんだろうなぁ?」
「「……ありません」」
ルシアン様がすごむと、客たちは引き下がった。
お義姉様は客を選ぼうとしなかったので、"言霊館”には貴族以外にも庶民の客が多かった。
どうして、金払いの悪い貧乏人の相手をしているのか最後までわからなかったけど、逆に良かったわね。
この中にルシアン様より位の高い人はいないのだもの。
ちらほらと貴族がいるも、男爵や子爵といった弱小貴族だけだ。
伯爵家の権威の前に跪きなさい。
客たちはしばらく不機嫌そうな顔をしていたけど、やがて「失礼いたしました……」と言って店から出た。
「おいおい、何だよあいつら。俺たちを有力貴族だと知らねえのか」
「まったくですわぁ。朝から疲れてしまいましたぁ」
毒づくも、先ほど言われた言葉が頭の中で反響する。
――シルヴィー様のスキルは……災いを招くスキルなのです!」
そんなことはあり得ない。
【忌み詞】は、むしろ奇跡を起こすスキルだ。
今まではまだスキルに慣れていなかっただけ。
時間が経てば、真の力が解放されるのだ。
あたくしの力が災いを招くなんて……きっと気のせいよ。