「今、詩を書くから少し待っていて」
「ポーラさんが僕のために詩を詠ってくれるなんて嬉しいです」
「絶対によく眠れるようにするからね」

 辞書を開いて言葉を探す。
 アレン君の話を、火事の様子を思い出しながら……。
 轟々と燃え盛る炎を頭に浮かべるのは怖かったけど、アレン君の方が私の何倍も怖くて辛い目に遭っているのだ。
 そう思うと、手を止めようなんてまったく思わなかった。
 羽ペンを走らせて詩を書きあげる。

「できたわ、アレン君」
「ありがとうございます、楽しみです」

 アレン君の安眠を願って、私は詩を詠う。
 

――
 北の屋敷で出会うは
 気丈な少年

 小さき体躯に宿るは
 強い意思
 その小さき体躯に導かれ
 私は今日も難なく過ごせる

 気丈な少年の夢に巣食う
 燃ゆる悪魔よ
 立ち去りたまえ

 気丈な少年の夢路より
 立ち去りたまえ
 お前の棲み処ではないのだ

 気丈な少年よ
 心穏やかであれ
 安らかなる眠りが
 今ここに訪れる
――


 詩を詠い終わると、いつもと同じ白い光がアレン君の身体を覆う。
 五秒ほど包んだかと思うと、静かに消えた。

「はい、これで終わりよ。実際に寝てみないとわからないけど、もう悪夢に悩まされることはないはずよ」
「ありがとうございます、ポーラさん。……なんだか、急に眠たくなってきました」

 アレン君はふわ~っと、あくびを押し殺しながら言う。
 とても眠そうな様子を見て、ルイ様は魔法文字にて伝えた。

〔疲れたろう。今日はもう休みなさい〕
「いや、しかし、辺境伯様……まだ仕事が残っております。割ってしまった花瓶の後片付けも……」
「後は私たちがやっておくから安心して。アレン君はゆっくり休んだ方がいいわ」
「そうよ。寝不足のまま仕事をしても危ないでしょ。無理はしないでもう休みなさい、アレン」

 アレン君は責任感が強いので、休んでいいと言われても首を縦には振らなかった。
 でも、みんなで説得すると、休むと言ってくれた。

「皆さん……ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて休ませていただこうと思います。明日からは今まで通り仕事をしますので……」

 アレン君はあくびをしながら自室へ歩く。
 その後ろ姿を、私たちはホッとしながら見送った。
 ゆっくり休めるといいな。

「じゃあ、ポーラちゃん、花瓶を片付けようか。わたしが袋に入れるから、箒で集めてくれる?」
「わかった。気をつけてね」

 エヴァちゃんと一緒に花瓶を片付けようとしたら、ルイ様に止められた。

〔待ちなさい。細かい破片が多い。君たちが怪我をするとまずいから、私が片付けよう〕

 ルイ様がサッと指を振ると、花瓶の破片と袋の中のお花が宙に浮かぶ。
 破片は全部、吸い込まれるように袋へ入ってしまった。

「す、すごい……あっという間に破片が回収されました。ありがとうございます、ルイ様」
「辺境伯様、深く感謝申し上げます」
〔これくらい大したことではない〕

 そう書くと、ルイ様は階段を昇り二階に戻る。
 私とエヴァちゃんも掃除を再開。
 三十分も経ったら水拭きまで完了した。
 ルイ様が破片を全て回収してくれたから、ずいぶんと早く終えられた。

「じゃあ、ちょっとルイ様のところに行ってくるね」
「うん。わたしはアレンの様子を見てくる」

 掃除用具を脇に置き、ルイ様の執務室へ向かう。
 コツコツと扉を叩く。

「ルイ様、失礼いたします。ポーラでございます」

 ほどなくして、扉がそっと開いた。
 中に入るよう書かれたので、ルイ様に続いて室内にお邪魔する。
 執務室は私たち勤め人の部屋より五倍は広い。
 家具はルイ様が使われる黒塗りの大きな机と椅子のみで、壁の本棚には難しそうな本がぎっしりと詰まる。
 カーテンと窓が開けられていることもあり、柔らかな陽光が温かく差し込んでいた。

〔掃除はもう終わったのか?〕
「はい、これもルイ様が花瓶の破片を片付けてくださったおかげです。ありがとうございました」

 お辞儀しながらお礼を言う。
 頭を上げると、ちょうど視線の位置に魔法文字が書かれていた。

〔いや、礼を言うのは私の方だ。先ほどは、アレンに【言霊】スキルを使ってくれてありがとう。今夜から彼もよく眠れるだろう〕
「いえ、私は自分にできることをしただけですので……。アレン君のためを思ったら、何かせずにはいられませんでした。私も悪夢を見たとき、苦しかったのを覚えています」

 正直な気持ちだった。
 アレン君の辛さを思うといても立ってもいられなかったのだ。
 私も何度か悪夢を見たことがある。
 安らかな眠りのはずが、辛い時間になるのは本当に苦しかった。
 ルイ様は私の話を聞くと、静かに書いてくれた。

〔君はいつも他人のために頑張ってくれるな。当主として、改めて礼を言わせてもらう。君ほど心優しい人間はなかなかいないだろう〕
「ルイ様……」

 魔法文字の柔らかさからも、ルイ様の穏やかな想いが伝わるようだった。
 心なしか、お部屋もさらに明るくなったような気がする。

〔さて、君に渡したい物とは……これだ〕

 そう書くと、ルイ様は机の引き出しから一つの小瓶を取り出した。
 透明の瓶の中に、明るい橙色をした大きな粒がいくつも入っている。
 手渡され明かりにかざしてみると、キラキラと光が透けて綺麗に輝いた。

「ルイ様、これは飴……でしょうか?」
〔ああ、それはのど飴だ。王都から取り寄せた特別な品でな、果物の他に薬草の成分も入っているんだ。舐めると喉が大変に潤うと聞いた〕
「のど飴だったのですね。ありがとうございます……ですが、王都から取り寄せなんてとても高価な品だと思います。私などが食べてはもったいです」

 王都にあるお店は、どれも大変にお高い。
 宮殿に近いし公爵などの偉い貴族の家々もあるからだ。
 こののど飴だって、たいそう高いに違いない。

〔気にしないでくれ。君の【言霊】は喉に負担がかかるかもしれないと思ってな。その飴で少しでも癒されてくれたら嬉しい。君の頑張りに対する私からのお礼だ。……受け取ってくれるか?〕

 ルイ様の文字が目に入るたび、じわじわと胸の中に嬉しさが満ちる。

 ――私のことをちゃんと見てくださっているんだ。

 そう思うと、嬉しさと喜びで胸がいっぱいになってしまった。

「はいっ、そういうことでしたらありがたく頂戴しますっ。ありがとうございます、ルイ様!」
〔受け取ってくれて良かった〕

 さっそく、ルイ様にもらったのど飴を食べる。
 カロッとした軽い音とともに、甘酸っぱい優しい味が口いっぱいに広がった。
 瞬く間に喉が潤う。
 こんなにおいしい飴を食べたのは初めてだ。
 カロカロと口の中で転がすたび楽しい気持ちになる。
 のど飴を舐めながら小瓶を見ていると、ふと思った。
 小瓶を差し出して言う。

「あの、ルイ様もいかがですか?」
〔私も?〕
「はい。私がこうしてのど飴を食べていられるのも、ルイ様がお屋敷に置いてくれたからです。日頃の感謝を込めて私からのお礼……と言ったら変ですかね」

 少しでも感謝の気持ちをお伝えしたい。
 それに、自分一人だけこんなおいしい思いをしているのは悪い気になった。
 ルイ様にも味わっていただきたいな。
 しばらくした後、ルイ様は一粒取りそっとお口に入れた。
 カロッと音が鳴る。

〔……うまいな〕

 爽やかな風が吹き、カーテンが軽やかに舞い上がる。
 陽光に照らされ、ルイ様の魔法文字が鮮やかに輝いた。