「ルイ様と瓜二つです」
〔やはり、私がコピーされてしまったか〕
『一番強いヤツの姿を真似るんだろうな』

 長めの黒髪に鋭い眼光を放つ黒い瞳。
 着ている服のデザインも一緒だし、湖畔のように落ち着いた無表情な顔はまさしくルイ様そのものだ。
 ただ一点、身体の縁はオーラのようにゆらゆらと揺れていて、そこだけルイ様とは違った。
 ドッペルゲンガーは片手をかざす。

〔下がっていなさい〕

 素早く後ろ手で魔法文字を書くと、ルイ様も同じように片手を上げた。
 空中に大きな赤い火の球が生み出され、互いにぶつかり合う。
 ドッペルゲンガーも無詠唱魔法が使えるのだ。
 やはり力も全く同じようにコピーするからか、同士討ちとなって消えた。
 このままじゃ決着がつかないし、ルイ様も消耗してしまう。
 先ほどメモした言葉と、ドッペルゲンガーから感じた印象から詩を紡ぐ。
 羽ペンを急いで走らせ、詩を書きあげた。

「ルイ様、詩を詠いますっ」
〔頼む〕

 息を吸い、心を込めて詩を詠う。
 ルイ様が難なく勝てるように。


――
 狭霧の丘に建つ家は
 朽ちゆく運命に身を任す
 廃墟となりし館

 何人をも拒絶する情調に
 我らは足を踏み入れる
 棲みつく邪霊を駆逐するため

 それは生き身を擬する邪霊
 選択されるは北の当主
 焔の演舞は比肩なり

 北の当主よ 栄光あれ
 擬する邪霊よ 衰微あれ
――


 詩を詠い終わると、ルイ様とドッペルゲンガーの身体を白い光が包んだ。
 互いにもう一度片手を上げる。
 今度は水のドラゴンが生み出され、激しくぶつかり合った。
 先ほどの火球は同士討ちだったけど、今度はルイ様が勝った。
 敵のドラゴンを弾き飛ばすと、そのまま本体にぶつかる。
 ドッペルゲンガーはじわじわとルイ様の姿を失い、やがて幽霊のように霞んで消えてしまった。
 緊迫した戦闘が終わり、私はホッと一息つく。
 気のせいか、廊下を安堵の空気が包んだ気がする。
 ルイ様は真剣にドッペルゲンガーの行く末を見守っていたけど、完全に消えたのを確認すると、私の前に綺麗な字で魔法文字を書いてくれた。

〔ありがとう、ポーラ。君のおかげで想像以上に簡単に倒せた〕
「ルイ様はパワーアップを、ドッペルゲンガーは弱体化するような詩を詠いました。効果があってよかったです」
『ポーラがいなかったら、まだ戦いは終わってなかっただろうな』
〔まったくだ〕

 二人は私を褒めてくれ、胸が温かい気持ちになるのを感じる。
 今回もルイ様のお役に立ててよかったな。

〔さて、討伐も済んだことだし屋敷に帰るか〕
「そうですね。外の空気を吸いたくなってきました」
『なぁ、この館は何に使うんだ?』

 玄関に向かって歩き始めたとき、ガルシオさんがルイ様に尋ねた。

〔使い道か……あいにくと、何も考えていないな〕
『こんなに広い館なんだ。使わないのはもったいないと思うぞ。今日は霧が出ているが、丘の上田だから眺めも良さそうじゃないか』

 ガルシオさんの言葉に、ルイ様はしばし考える。
 ‟廃墟の館‟は汚れているけど、とても広い。
 ただ置いておくだけではそれこそもったいないだろう。

〔放置しておくと、またレイスの類が棲みつきそうだ。何か有益な使い道があればいいが……〕

 顎に手を当て考えるルイ様を見ていると、ふっと一つの案が思い浮かんだ。

「ここは別荘にするのはどうでしょうか」
〔……別荘?〕
「はい、毎日来るのは難しいでしょうが、季節ごとにでも来ればレイスたちも棲まないんじゃないかなと思います」

 今は汚れているけど、改装すれば立派な館になるだろう。
 それに少し大きすぎるけど、別荘にすればルイ様のリフレッシュにもなるかな、と思ったのだ。

〔なるほど、ポーラの言うようにこの館は別荘にしてもいいかもしれん。屋敷からもほど良い距離だ〕
『だったら、俺の部屋も作ってくれ。ずっと、自分の部屋っていうのに憧れていたんだ』

 別荘と聞いて、ガルシオさんは楽しそうに話す。
 外に出ると、霧が晴れて青い空が見えた。
 草原をさらさらと揺らすようなそよ風も吹き、爽やかな空気が気持ちいい。
 遠くには“ロコルル連峰”が臨み、雄大な自然が感じられた。
 最初訪れたときの不気味な暗さとは真反対の、明るくて豊かな景色だ。
 これから楽しい毎日が待っているような気がする。

「まるで、この館の新しい門出を祝ってくれているみたいですね」
〔いいことを言うな〕
『さすが詩の達人だ』

 心なしか、“廃墟の館”も嬉しそうだ。
 少しずつ掃除をして綺麗にしてあげたい。
 しみじみと感じていたら、ルイ様が私の前に魔法文字を書かれた。

〔ポーラ、手伝ってくれたお礼も兼ねて、君に頼みたいことがある〕
「はい、なんでしょうか」
〔この館の……新しい名前をつけてくれないか?〕
「わ、私なんかでいいのですか?」

 思っても見なかった別荘の名付け親、なんて大役を頼まれてしまった。
 私のような者が決めていいのだろうか。

〔君以上の適任はいないさ〕
『立派な名前を頼む』

 一瞬悩んだけど、ルイ様とガルシオさんは快く言ってくれた。
 よし、いい名前をつけよう、と気持ちが引き締まる。
 しばし思考を巡らすと、ぴったりな言葉が思い浮かんだ。

「それでは……“希望の館”はいかがでしょうか」

 この雄大な景色と、綺麗になったお屋敷の想像から受けた印象が、希望だった。

〔……いいじゃないか。聞いただけで明るい気持ちになれる〕
『俺も賛成だ。ポーラはネーミングセンスもいいな』

 “希望の館”に見送られ、私たちは帰路に就く。
 帰りも馬車かなと思っていたけど、ルイ様が転送魔法で送ってくださるとのことだ。
 ルイ様は私とガルシオさんに手を向ける。
 白い光に包まれ、光が消えたと思ったらお屋敷に着いた。
 本当にあっという間なんだ。

「「お帰りなさーい! 早かったですね!」」

 お屋敷から、エヴァちゃんとアレン君がこちらに駆ける。
 私たちも手を振って無事を知らせた。