「ポーラちゃん、今日は街へ買い出しに行こうか。そろそろ日用品の補給が必要そう」
お庭の手入れをしていたある日、エヴァさんが大きな鞄を私に見せながら言った。
シャベルを置いて立ち上がる。
「うん、行く行く。買い出しは”ロコルル”の街?」
「そうだよ。結構大きな街だから、だいたい何でも揃っているんだよね」
「へぇ~……あっ、思い返せば、街に行くのは初めてだ」
そういえば……と思って呟いた。
お屋敷に来てからもう二週間ほど経つけど、ずっとお屋敷の中にいる。
外に出ても“霊気の森”くらいなので、街に行くのは馬車で“ロコルル”に来たとき以来だ。
「いつもはアレンと二人っきりだったんだけど、ポーラちゃんがいれば一度にたくさん買えそう」
「こう見えてもそれなりに力はあるから、何でも運ぶよ」
オリオール家では、両親と義妹の使用人みたいな扱いもされていた。
“言霊館”での仕事が終わると、三人に命じられ部屋の模様替えなどをさせられることもあった。
……という話をすると、エヴァさんはまたホロリとしちゃった。
ハンカチで彼女の涙を拭いていると、ちょうどアレン君がお屋敷から来た。
「姉さん、今日は買い出しの日だよね?」
「そうよ。ポーラちゃんともちょうど話していたんだけど、一緒に行くことになったから。すぐ行くからあんたもついてきて」
エヴァさんが言うと、アレン君の目がなぜか輝いた。
両手を胸の前で組み、キラキラと私を見る。
「ポーラさんが来てくれて僕もありがたいです。今までは姉さんに押し付けられてばかりでした。あれを持て、これを担げ、それを背負え……本当に人使いが荒いのです」
「アレン、お黙りなさい」
エヴァさんはギッと怖い顔でアレン君を睨む。
当のアレン君は気にせずニコニコするのもまた、日常の光景だった。
「じゃあ、ルイ様に買い出しのこと伝えてくるね」
「わかった。わたしたちは先に門の所で待ってるよ。ご主人様には一時間半くらいで帰れると思います、って伝えておいて」
「よろしくお願いします」
二人と別れ、お屋敷へ向かう。
執務室に行き、重厚な樫の扉をそっとノックした。
ルイ様は在室の場合、返事をする代わりに直接対応してくださる。
十秒も経たぬうちにカチャリと扉が開いた。
〔どうした、ポーラ〕
「エヴァさんとアレン君と一緒に、これから街へ買い出しに行ってまいります。一時間半ほどで帰宅できると思います」
〔わかった〕
無事ルイ様の許可もいただけた。
早く二人のところに戻ろうと振り向いたとき、視界の隅に新しい魔法文字が目に入った。
〔ちょっと待ってくれ、ポーラ〕
「はい」
外へ向かう足を止め、ルイ様に向き直す。
ルイ様は無表情のまま動かなかったけど、すぐ私の目の前の空中で指を動かした。
〔いや、何でもない。気にしないでくれ〕
「いえ、何か御用がございましたら、ぜひおっしゃってください。私はルイ様の特等メイドでございますので」
もしかしたら、何かご入り用の物があるのかもしれない。
しばし待つと、ルイ様はさっきより小さな字で書かれた。
〔……気をつけてな〕
小さいけれど、確かにそう書かれていた。
気持ちがほんわかして温かくなる。
やっぱり……ルイ様は優しい方だな。
ルイ様の気遣いが嬉しくて、思わず大きな声で返事をしてしまった。
「はいっ。精一杯気をつけて買い出しを行いますっ」
ビシッと敬礼しながら言うと、ルイ様は無表情の下にわずかな微笑みを浮かべて扉を閉める。
ほのかな温かさを胸に外に出る。
お庭を横切っているとき、ガルシオさんとばったり出会った。
『ポーラ、どっか行くのか?』
「みんなと一緒に、”ロコルル”の街へ買い出しに行ってきます」
『なんなら乗せていってやるぞ。歩くと二、三十分はかかるからな』
ガルシオさんはわずかに身を屈めてくれる。
大変ありがたいのだけど、丁寧に遠慮した。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。ガルシオさんを見ると、街の人たちは驚いてひっくり返ってしまうかもしれませんので」
『それもそうかぁ』
フェンリルなんて見たら、街は大変な大騒ぎになってしまうだろう。
門のところでエヴァちゃんとアレン君と合流する。
ガルシオさんは前足を振って、私たちを見送ってくれた。
お屋敷を出て歩くこと二十分ほど。
“ロコルル”の街に着いた。
中央の広場からは石畳の道が何本も伸び、お肉屋さんや八百屋さん、武器屋さんなどたくさんのお店が立ち並ぶ。
街には買い物客のざわめきや子どもたちの遊ぶ声、お客さんを呼ぶ威勢のいい声などが響く。
北の辺境ではあるけど、王都にも負けないくらいの賑わいだ。
これもきっと、ルイ様の良い統治のおかげなのだろう。
「じゃあ、わたしに着いてきて。買う物がいっぱいあるから効率よく回らないと」
「「は~い」」
エヴァちゃんはメモを片手に、私たちを先導する。
一度馬車で通ったはずだけど、街の様子はあまり覚えていなかった。
きっと、緊張や不安でそれどころじゃなかったのだろう。
それなのに、今は興味を惹かれてならない。
――お屋敷での日々は、私を癒してくれているんだな。
そう強く実感する。
三十分も歩きまわると、手荷物がいっぱいになった。
食料品に日用品、裁縫に使う糸や布……。
一旦中央の広場に戻り、荷物を整理する。
事前に買う予定だった物はほとんど購入できていたけど、重い肥料が残っていた。
「エヴァちゃん、お花の肥料はどうしようか」
「そうだねぇ……重くなっちゃうけど、買って帰ろうかな」
「僕とポーラさんで運べば持てそうだよ」
少々重いけど買って帰ることに決め、花屋さんの方へ歩きだしたとき。
「「大変だ! 火事だー! ……火事だぞー!」」
街中から切羽詰まった声が聞こえた。
お庭の手入れをしていたある日、エヴァさんが大きな鞄を私に見せながら言った。
シャベルを置いて立ち上がる。
「うん、行く行く。買い出しは”ロコルル”の街?」
「そうだよ。結構大きな街だから、だいたい何でも揃っているんだよね」
「へぇ~……あっ、思い返せば、街に行くのは初めてだ」
そういえば……と思って呟いた。
お屋敷に来てからもう二週間ほど経つけど、ずっとお屋敷の中にいる。
外に出ても“霊気の森”くらいなので、街に行くのは馬車で“ロコルル”に来たとき以来だ。
「いつもはアレンと二人っきりだったんだけど、ポーラちゃんがいれば一度にたくさん買えそう」
「こう見えてもそれなりに力はあるから、何でも運ぶよ」
オリオール家では、両親と義妹の使用人みたいな扱いもされていた。
“言霊館”での仕事が終わると、三人に命じられ部屋の模様替えなどをさせられることもあった。
……という話をすると、エヴァさんはまたホロリとしちゃった。
ハンカチで彼女の涙を拭いていると、ちょうどアレン君がお屋敷から来た。
「姉さん、今日は買い出しの日だよね?」
「そうよ。ポーラちゃんともちょうど話していたんだけど、一緒に行くことになったから。すぐ行くからあんたもついてきて」
エヴァさんが言うと、アレン君の目がなぜか輝いた。
両手を胸の前で組み、キラキラと私を見る。
「ポーラさんが来てくれて僕もありがたいです。今までは姉さんに押し付けられてばかりでした。あれを持て、これを担げ、それを背負え……本当に人使いが荒いのです」
「アレン、お黙りなさい」
エヴァさんはギッと怖い顔でアレン君を睨む。
当のアレン君は気にせずニコニコするのもまた、日常の光景だった。
「じゃあ、ルイ様に買い出しのこと伝えてくるね」
「わかった。わたしたちは先に門の所で待ってるよ。ご主人様には一時間半くらいで帰れると思います、って伝えておいて」
「よろしくお願いします」
二人と別れ、お屋敷へ向かう。
執務室に行き、重厚な樫の扉をそっとノックした。
ルイ様は在室の場合、返事をする代わりに直接対応してくださる。
十秒も経たぬうちにカチャリと扉が開いた。
〔どうした、ポーラ〕
「エヴァさんとアレン君と一緒に、これから街へ買い出しに行ってまいります。一時間半ほどで帰宅できると思います」
〔わかった〕
無事ルイ様の許可もいただけた。
早く二人のところに戻ろうと振り向いたとき、視界の隅に新しい魔法文字が目に入った。
〔ちょっと待ってくれ、ポーラ〕
「はい」
外へ向かう足を止め、ルイ様に向き直す。
ルイ様は無表情のまま動かなかったけど、すぐ私の目の前の空中で指を動かした。
〔いや、何でもない。気にしないでくれ〕
「いえ、何か御用がございましたら、ぜひおっしゃってください。私はルイ様の特等メイドでございますので」
もしかしたら、何かご入り用の物があるのかもしれない。
しばし待つと、ルイ様はさっきより小さな字で書かれた。
〔……気をつけてな〕
小さいけれど、確かにそう書かれていた。
気持ちがほんわかして温かくなる。
やっぱり……ルイ様は優しい方だな。
ルイ様の気遣いが嬉しくて、思わず大きな声で返事をしてしまった。
「はいっ。精一杯気をつけて買い出しを行いますっ」
ビシッと敬礼しながら言うと、ルイ様は無表情の下にわずかな微笑みを浮かべて扉を閉める。
ほのかな温かさを胸に外に出る。
お庭を横切っているとき、ガルシオさんとばったり出会った。
『ポーラ、どっか行くのか?』
「みんなと一緒に、”ロコルル”の街へ買い出しに行ってきます」
『なんなら乗せていってやるぞ。歩くと二、三十分はかかるからな』
ガルシオさんはわずかに身を屈めてくれる。
大変ありがたいのだけど、丁寧に遠慮した。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。ガルシオさんを見ると、街の人たちは驚いてひっくり返ってしまうかもしれませんので」
『それもそうかぁ』
フェンリルなんて見たら、街は大変な大騒ぎになってしまうだろう。
門のところでエヴァちゃんとアレン君と合流する。
ガルシオさんは前足を振って、私たちを見送ってくれた。
お屋敷を出て歩くこと二十分ほど。
“ロコルル”の街に着いた。
中央の広場からは石畳の道が何本も伸び、お肉屋さんや八百屋さん、武器屋さんなどたくさんのお店が立ち並ぶ。
街には買い物客のざわめきや子どもたちの遊ぶ声、お客さんを呼ぶ威勢のいい声などが響く。
北の辺境ではあるけど、王都にも負けないくらいの賑わいだ。
これもきっと、ルイ様の良い統治のおかげなのだろう。
「じゃあ、わたしに着いてきて。買う物がいっぱいあるから効率よく回らないと」
「「は~い」」
エヴァちゃんはメモを片手に、私たちを先導する。
一度馬車で通ったはずだけど、街の様子はあまり覚えていなかった。
きっと、緊張や不安でそれどころじゃなかったのだろう。
それなのに、今は興味を惹かれてならない。
――お屋敷での日々は、私を癒してくれているんだな。
そう強く実感する。
三十分も歩きまわると、手荷物がいっぱいになった。
食料品に日用品、裁縫に使う糸や布……。
一旦中央の広場に戻り、荷物を整理する。
事前に買う予定だった物はほとんど購入できていたけど、重い肥料が残っていた。
「エヴァちゃん、お花の肥料はどうしようか」
「そうだねぇ……重くなっちゃうけど、買って帰ろうかな」
「僕とポーラさんで運べば持てそうだよ」
少々重いけど買って帰ることに決め、花屋さんの方へ歩きだしたとき。
「「大変だ! 火事だー! ……火事だぞー!」」
街中から切羽詰まった声が聞こえた。