進路調査と書かれた紙を丁寧に丁寧に、手で伸ばす。
くしゃくしゃに丸められたそれは、まるで私のこれからを示唆してるみたいで笑いそうになってしまった。
ここで笑えば、西音さんの機嫌がまた悪くなってしまうから我慢しなくちゃ。
私の席の前に立った西音さんの影が、机を暗くする。
顔を上げずに、唇を噛み締めて、黙りこくる。
「黙ってないで、何か言いなよ」
バンっと紙の上から机が叩きつけられて、ビクッと体が揺れてしまった。
反応しては思うツボだとわかっているのに、耐えきれない。
「私は、ミアのために言ってるんだよ? ミアってなぁんにも、できないじゃん。それに……ほら、障がい者でしょぉ……?」
抑えきれずに笑い声が、西音さんの口の端から漏れ出している。
高校生になってまで、そんないじりがあるとは思いもしなかった。
それでも、この人たちにとっては、家族に障がい者がいることは嘲りの対象にしていいらしい。
「だからね、捨ててあげようと思ったんだ」
くしゃくしゃの紙を持ち上げて、もう一度両手で丸められる。
私の進路希望調査票は、ボロボロだ。
受け取った先生は気づいてくれるだろうか。
淡い期待を抱きかけて、消す。
いつだってそうだ。
先生方は、いつも、気づいてくれない。
「それでも、出さなきゃいけないやつだからさ」
全部飲み込んで、唇を歪ませる。
鏡で見たら、どれくらい、醜い笑顔だろう。
力を入れ過ぎた、手のひらには爪が食い込んだ。
「そうだねぇ、じゃあ、私が書いてあげるよ」
ひやりとした声の音に、顔を上げれば、西音さんが油性ペンのフタを開けるところだった。
慌てて紙を胸元に引き寄せる。
「はぁ?」
ドスの効いた声だけが、頭の中にこだました。
こんな紙、新しく貰いに行けば良いだけ。
それなのに、つい体が動いてしまう。
先生に間違えましたって言うのがイヤ?
気づかれたら困る?
色々考えても、答えは出ない。
ぐるぐると頭の中で同じことばかり、回ってるうちに、西音さんのペンが手を掠った。
「おせっかい、ってこと? 私やさしいよねぇ? みんな?」
西音さんは、私の手にぐるぐると丸を描きながら、周りに問いかける。
クラスメイトたちを見渡せば、サッと目を逸らされた。
西音さんに同調するのは、いつものメンバーだけだ。
それが、まだ救いだ。
溢れ出そうになった涙を喉の奥に追いやって、西音さんの顔を見つめる。
まつ毛が、くるんっとキレイにカールしててかわいい。
西音さんは、いいなぁ。
誰からも愛されて、友だちもいて、言いたいことを好きに言えるんだもん。
口から出そうになって、空気だけが漏れ出た。
「言いたいことあるなら、言えば?」
三重にも四重にもなった、手の甲の丸。
西音さんの前に掲げて、「ありがとう」とだけ答えた。
「でも、親にも相談しなきゃだから」
「はぁ……気分萎えた。でも、ミアの親って……ねぇ。ミアのことなんてどうでもいいんじゃない?」
気づかれたくない、気づいてほしくなかったことを、言葉にされて、体がガチガチに固まってしまう。
否定の言葉は、あまりにも嘘っぽくて言えない。
「そうかも、でも、一応親だから」
惨めに震えた言葉に、西音さんたちは飽きたらしい。
答えもせずに、油性ペンをポンっと私に投げて、散らばって行く。
大学に行きたいとも思わないけど、勝手に決めて欲しいとも思っていない。
それでも私は、誰かの機嫌を損ねるのが怖くて、変わらずに何も言えない。
結局、気分を萎えさせてしまったけど。