二人で話してるうちに、夜は明けていく。
 天井を見上げておしゃべりしていたけど、いつのまにか二人とも布団の上にあぐらをかいて座っていた。
 薄く明るい光が部屋に差し込んで、目がしぱしぱしてきた。

「いつだって逃げていいから、僕がみーちゃんに生きててほしいんだよ」

 念を押すようにワタくんは、私を抱きしめてから囁く。

「いつだって、死ぬくらいなら僕のところに逃げておいで。それでも、伝えるだけで変わることもあるかもしれない。それに、死ぬことより、相手に言う方が怖くないだろ」

 ワタくんの言葉に、私は頷く。
 ただ、ひたすらに首を縦に振る。

 もうダメと本気で思ったら、逃げる、と決めたらなんでもできる気がした。
 それに、ワタくんが「絶対に僕が逃げ場所になる」と強く言ってくれたから。
 
 一度反発してみるのもいいかもしれない。
 それで、お母さんがもっと冷たくなっても、クラスメイトたちのいじりがひどくなっても。

 そうなってしまったら、その時は本当に、逃げるか、死ぬかすればいい。

 ワタくんは、私を抱きしめていた腕を離して、カーテンを開く。
 眩い光は部屋に入り込んで、反射する。
 体中に全て受け止めてから、立ち上がった。

「帰る、ね」
「うん、気をつけて、送って行く?」

 また、誰かに見られて次こそワタくんに何かされたらイヤだった。
 だから、首を横に振って、笑う。
 もう大丈夫だよと示すように。

「じゃあまた、屋上で?」
「うん、家出したら、また泊めてね」
「もちろん」

 この時間がいつまでも続けば一番いい。
 それでも、私は、向き合うって決めたから。
 地獄を少しでも遠ざけるために。

 家の前まで出てきたワタくんは、ぼーっとして壁に寄りかかった。
 徹夜に付き合わせてしまったから、眠いのかもしれない。
 謝ろうとして、やめた。
 きっと「僕が離したかった」とワタくんは、格好つけて謝らないように言うだろうから。
 想像して、ワタくんのことがわかってきたかもと自負する。

 バイバイと手を振ってから、見慣れない街並みを通り抜ける。
 朝早い時間にも関わらず、活動的な人はいるものだ。
 小型犬の散歩をしてるおばさん。
 スポーツバックを肩にかけた中学生。
 色々な人とすれ違っていく。

 いつもの見慣れた風景に変わっていく中、握り拳を作ってぐんぐん進んだ。
 母が今日なことを私は知っていた。
 きっと、外泊のことを怒られる。
 だから、私は今まで言えなかった思いを伝えるんだ。

 どうして、外泊したか、考えたことある? って。

 決めて歩いていたはずなのに、自宅が見えてくると足がブルブルと震えた。
 体の芯から冷えが全身に広がっていく。
 秋も近づいてきた夏とは言え、まだ、暖かいのに。

 自宅の扉を開けようと手をかければ、鍵が掛かっていたようでカシャンと軽い音がなった。
 家の中から慌ただしい二人分の足音が聞こえて、開いた扉からはお父さんとお母さんが顔を覗かせていた。

 いざ、対面すると、怖くてしょうがない。
 ほんの数秒が永遠に時が止まったままな気がして、はぁっはあっと呼吸が乱れた。
 それでも、ワタくんからの「いつでも逃げてきていいよ」の言葉を思い出して、顔をあげる。

「おかえり」
「ただいま」

 おかえり、と言われたのはいつ以来だろう。
 ただいま、と口にしたのは、どれだけ久し振りなんだろう。

 そんなことを考えて、頭が痛くなる。
 こんな調子で、きちんと思ってることを言えるんだろうか。

 早く入りなさいと、お父さんに手招きされて家に入る。
 たった一日ぶりなのに、懐かしい匂いに、胸がいっぱいになった。

 リビングは、シーンと静けさを保っている。
 姉はまだ寝ているらしく、やけにはしゃいだ声が今日は聞こえない。

 お父さんとお母さんを前にして、テーブルに座る。
 何から切り出せばいい?
 お父さんとお母さんの間から、壁をぼやあっと見つめる。

 二人とも黙りこくったまま、何も言わない。
 あれ、今日は私怒られないの?

 驚きながらも二人の顔を見れば、お父さんもお母さんも疲れ切った表情をしている。
 いつも、こんな顔をしていたっけ?
 久しぶりに、まともに向き合ったことに気づいて、恐怖心が増してきた。

「聞いて欲しいことがあるの」

 二人とも口を開く気配は一向にないから、膝の上で握った手を見つめる。
 涙は目の奥にスタンバイしてるし、喉に言葉は詰まってる。
 眩暈がして気持ち悪くなってきた。

 でも……言うって、ワタくんに勇気をもらって決めたから。
 今、言えないと、一生私は同じことを繰り返してしまう。
 そして、待ち受ける選択肢は死ぬことだけになる。
 だから、今、ずっと溜め込んでいた言葉を伝えなくちゃ。