あれから元木くんとは何度か一緒に映画館や水族館なんかに行ったりした。学校にいるときも、顔を合わせればときどき話すようになった。
 そんな様子を菜月はいつもニヤニヤしながら見守ってくれている。菜月曰く、最近の私は前よりも輝いているらしい。もちろん物理的な意味じゃない。
 笑う回数が増えたり、周りの人とよく話すようになったり。そういう些細な変化を菜月は自分事のように喜んでくれていた。
 
 そして今日も私は元木くんと遊ぶ約束をしている。場所は最近建てられたばかりの大型ショッピングモール。ここへは買いたいものがあるから着いてきてほしいという建前の元で私が誘った。
 待ち合わせ場所までツインテールを揺らしながら向かう。

「ごめん、待った?」

 時計台の下にあるベンチに座っている元木くんに駆け寄った。彼はどういうわけか、いつも私より必ず先に待ち合わせ場所についている。何回か先につけるように時間をずらして行ってみたりしたけれど、必ず先に待っているのだ。

「めちゃくちゃ待ったかも」

 元木くんは悪戯を楽しむ子供のように言葉を放った。私の反応を伺うように顔を覗き込んでくる彼の横腹を軽く小突く。
 今となってはこんなやり取りすら日常になりつつあった。

「冗談だって。まじで全然待ってないから」

 そうやって笑う元木くんがどうしようもないほど輝いて見える。好きな人フィルターって恐ろしいな、なんて独り言を心の中で呟く。

「それで買いたいものってなんだ?」

 元木くんは立ち上がりながら聞いてきた。
もちろん買いたいものがあったというのは嘘だ。ただ、今日は元木くんと出かけたかっただけ。でもこんなこともあろうかと、予め考えてきている。

「えっと……私もピアス開けてみたいなと思って。だから一緒にデザイン選んでくれないかな?」

 彼が耳につけているピアスに目線を移しながらそう言った。私が思うに、元木くんはアクセサリーが大好きだ。でもその中でも一番好きなのがピアス。
 だからこの誘い文句に必ず食いついてきてくれると思った。案の定、彼は首を縦に振っている。

「いいよ。見に行こ!」

 その言葉を合図に私たちはショッピングモール内へと足を進めた。新しくできたばかりで流石に人も多い。はぐれないよう必死に元木くんの背中を追いながら、ピアスが売られているお店を何軒かまわった。

「んー。どれも可愛かったけど、白井さんにもっと似合いそうなものがどこかにあるはずなんだよなあ」

 真剣に考えてくれている元木くんの横顔を見て、少し心が痛んだ。私の不純な動機に付き合わせてしまってごめんなさい、と思いながらも真実を伝えるほどの勇気を私は持ち合わせていない。

「白井さん、ちょっと休憩するか? 疲れただろ?」
「えっ、うん。そうだね」

 俯いている私を見て、疲れていると勘違いしたらしい。私たちがどこか休める場所を求めて歩き始めたとき――後ろから聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。

「瑠奈……?」

 振り返るとそこには部活のユニフォームを着た菜月が立っていた。一気に血の気が引いていくのがわかる。ここは学校からも遠いし、知り合いに会うことなんてないと思っていたのに。

「あれ? 柚木さんだ。こんなところで会うなんてな」

 私と一緒に振り返った元木くんも菜月のことを視野に収めたようで、躊躇なく話しかける。

「……どなたですか?」

 メイクで雰囲気が一変した元木くんに菜月は気づくことなく、怪訝な顔をしている。

「あー……僕だよ。同じクラスの元木拓磨」
 
 元木くんは少しの間のあと、意を決したように自分の名前を言った。それに対して、菜月は雷を落とされたような衝撃の事実に開いた口が塞がらないようだった。
 でもそんなことは私にとってどうでも良かった。ただ、この危機をどう脱しるか。そのことしか頭を巡らない。

「じゃあ、やっぱり隣にいる人は瑠奈だよね?」

 また名前を呼ばれ、体が強ばる。親友であるはずの菜月の顔を見ることができない。だって、今までずっと隠してきたことがこんなかたちで知られるなんて、思いもしなかったから。
 呼吸が浅く、速くなっていく。
 菜月はお構い無しに一歩、また一歩と私に近づいてくる。

「いつもと格好が全然違うくて一瞬わからなかったけど……瑠奈ってそういう服が……」
「違うの!!」

 私は自分でも驚くくらいの声量でこれから発せられるであろう菜月の言葉を否定した。
 スカートが破れてしまうくらいにギュッと握りしめる。

「わ、私は好きでこんな服着てるんじゃない! た、ただお願いされたから仕方なく」

 本当の想いとは裏腹な言葉しか出てこない。まるで私の中にもう一人の私がいるかのように。

「別に好きなわけじゃないから!!」

 自分が放った言葉にはっとして顔を上げると、辺りは静まり返っていた。通行人も菜月も元木くんも、動きを止めて私のことをじっと見ている。

 次の瞬間、私は走り出した。遠くから元木くんが私を呼んだ声が聞こえた気がしたけど、振り返らずにひたすら逃げた。
 気がつけば、どこかもわからない人気が少ないところに来ていた。それから私はその場で泣き崩れた。
 違う、違うのに。あんなことを言いたかったわけじゃない。だけど本当の私を知られて、菜月にどう思われるのか考えると怖くなった。
 好きなものを好きだと言えない。そんな自分が大嫌い。どれだけ見た目を取り繕ったって、やっぱり私は私だ。
 菜月に真実を伝える勇気も、元木くんに好きだと伝える勇気もない。結局、嘘の仮面をつけなければ、人と関われないんだ。
 泣き声を必死に押し殺す。けれどそんな抵抗も意味を成さず、涙は溢れ出てくる。こんな情けない姿を誰にも見られたくなくて、涙が止まるのも待たずに家に向かって走り出した。