「りんごくん、りんごくん! よかったら、一緒に帰ろう?」
「あっ、ずるい! わたしも!」
「ああ……ごめんね、お誘いは嬉しいんだけど、これから部活なんだ」
「えー? そうなの? 残念……」
誘いを断られ残念そうに俯く少女たちに、赤峯林檎は帰り支度をする手を止めて、申し訳なさそうに眉を下げる。
そして少し考えたようにした後、その中性的で整った顔に、柔らかな笑みを浮かべた。
「部活がない日はこっちから誘うよ。次こそは一緒に帰ろうね。……今日はきみたちに誘って貰えた喜びを思い出しながら、練習頑張ってくる」
優しく告げられたその言葉に、先程まで意気消沈していた少女たちは一気に色めき立つ。
「り、りんごくん……!」
「頑張ってね……! わたし、応援してる!」
「ふふ、ありがとう。それじゃあ、気を付けて帰ってね」
誰もが見惚れる完璧な笑顔と、爽やかに手を振り去って行く背の高い後ろ姿を見送って、少女たちは溜め息を吐いた。
「本当……格好いいよね、りんごくん」
「ねー。まさに『藤高の王子様』って感じ!」
クラスの女子のみならず、他クラスや他学年からも『王子様』と呼ばれる藤高二年の赤峯林檎は、部活のため体育館へ向かう間も、その練習中も、女子からの好意的な声に常に笑顔で対応する。
その様は、もはや王子というよりもアイドルのファンサービスに近かった。
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「あ、蜜希じゃん」
「なあなあ、この後ゲーセン行こうぜ!」
「……あー……ごめーん、今日はこの後用事があるんだ」
「なんだよ、ちょっとくらいいいだろ」
誘いを断られ不満そうに詰め寄る少年たちに、蜜希は申し訳なさそうにカーディガンから覗く小さな両手を合わせ、僅かに眉を下げ笑みを浮かべた。
「んー……行きたいのは山々なんだけど、今日は本当に大事な用なんだ。だから、ごめんね。また今度誘ってよ、ゲーセンでもカラオケでも付き合うからさ?」
可愛らしく告げられたその言葉に、先程まで諦めきれない様子だった少年たちは表情を緩めて引き下がる。
「ったく、それならしょうがないよな……」
「だな。今度ゲーセンとカラオケ、約束だからな!」
「うん、約束。……へへ、楽しみにしてるね!」
誰もがときめく愛らしい笑顔と、無邪気に手を振り去って行く華奢な後ろ姿を見送って、少年たちは溜め息を吐いた。
「……まじで可愛いよな、蜜希」
「なー。まさに『蜂高の姫』って感じ」
クラスの男子のみならず、他クラスや他学年からも『姫』と呼ばれる金城蜜希は、帰宅のために校門に向かう間も、自宅アパートまでの道のりでも、男子からの好意的な視線に常に笑顔で対応する。
その様は、もはやお姫様というよりもアイドルのファンサービスに近かった。
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完全無欠な藤高の王子こと、『赤峯林檎』
十全十美な蜂高の姫こと、『金城蜜希』
そんな二人には、とある秘密があった。
すっかり日も落ちた頃合いにようやく部活を終え帰宅した林檎は、シャワーを浴び汗を流し、お気に入りの服に着替えてから、蜜希の待つ家に向かう。
今日は金曜日。隔週恒例の、二人にとって特別な日だった。
辺りは既に暗くなり、稀に擦れ違う人の顔すら曖昧な黄昏時。日中のように林檎に声をかけて来る女子は居ない。
それでも林檎は、昼間よりもいきいきとした笑顔で歩いていた。
その足元には、可愛らしいヒールの靴。身に纏う服は、お気に入りのフリルのついたワンピース。肩に届かないくらいの短めの髪には、小さな星のヘアピンが光っている。
「蜜希くん、こんばんは」
「林檎、いらっしゃい!」
すぐに辿り着いた目的地で、インターホンを押して出迎えてくれた蜜希の姿を、林檎は見下ろす。
突っ掛けたサンダルに、細い体型を覆う厚手でラフなパーカー、ダメージの入ったジーンズに、肩に届くさらさらの髪はシンプルなゴムで適当に結われている。お姫様と呼ばれていた面影もない格好だ。
それでも、蜜希もまた日中よりもいきいきとした様子で、林檎を部屋に招き入れた。
「ほら、早く入って」
「お邪魔しまーす」
「へへ、今日も林檎の好きそうなの用意したからさ、楽しんでって」
「本当? やった! 蜜希くんの手作りお菓子大好き!」
蜜希の暮らすアパートの簡素な部屋のテーブルには、所狭しと手作りや市販の可愛らしいケーキやお菓子、綺麗なラベルのお茶や小物が並ぶ。
キラキラとしたお茶会のようなそれらを見て、林檎は目を輝かせた。
「わあ、可愛い……!」
「へへ。このお茶とかさ、購買でクラスの奴が『姫に似合いそう』って勧めてくれて……こういうの、林檎好きかなって」
「うん、すっごく素敵!」
「他にもさー、何か可愛いのめちゃくちゃ教えてもらったから、俺なりにいろいろ見繕って……」
「あ、私も格好いいの後輩に教えてもらったよ。鞄に入ってるからちょっと待ってね。えーと……」
それからひとしきり話を弾ませた二人は、しばらくして並んでソファーに腰掛けて、ようやく一息吐く。
蜜希は開けたペットボトルの紅茶をそのまま、林檎は可愛らしいカップに移してその香りを楽しんだ。
そしてそれぞれ紅茶を片手に、二人は改めて、達成感に溢れた様子で乾杯する。
「それでは今週も……『女子高の王子様』と『男子高のお姫様』、無事やりきりました。お疲れ様ー!」
「いえーい! お疲れー!」
そう。二人はその容姿から、校内で性別とは反対の称号を得ていたのだ。