レイラは剣を手に入れた。
後は問題ないとして、村を出ることにしようと思ったのだが-

「ダメ、まだアスフィのがない」
「え?なにが無いって?」
「杖。ヒーラーなのに杖がない」

そういえばそうだった。
俺は杖の存在をすっかり忘れていた…。


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母は俺が小さい頃によく、冒険者の時の話をしてくれた。
父がドラゴンを倒しただとか、父が恐竜みたいな魔物を倒したとか…だいたい父のことだったが。
だけど、おれはそんな母の話が好きだった。

『母さんの杖はどこにあるの?』
『母さんの杖はね~折れちゃったのよ』
『なんで?折れたの?』
『年季が入っていたのもあったけどね、父さんがね別の女の人と居るとこを偶然見ちゃってね、それで頭を「えいっ!!」ってやったら折れちゃったのよ~』
『そうなんだ!それは父さんが悪いね』
『そうね~父さんが悪いわよね~』


今にして思えば絶対「えいっ!!」なんて威力じゃなかったと思う。杖が折れるくらいだ。真顔で怒っている母の顔が容易に想像できる。アレは目の当たりにしたらトラウマになるだろう。



「そうだ!母さんの杖だ!!」
「でも折れちゃったんだよね?」
「直せば使えるかもしれない!」
「うーん、直せるものなのかな」

俺は母さんの杖の話を必死に思い出そうとした。

「えっとーたしか、ヘソクリがあるタンスのー…」
「……とりあえずウチに戻ってみよう」

俺とレイラはもう一度家に帰ることにした。
その際、ゲンじいの店をまた通ることになる。
さすがにあんな良い別れ方をしたのに、また顔を合わせると気まづいので気づかれないように店の下をほふく前進で通り抜けた。


「ん?お前たちもう帰ってきたのか?やっぱり家が1番か?」
「そうじゃないよ。母さんの杖を探しに来たんだ」
「か、母さんの杖?……あれは辞めとけ、真っ二つだ」
「それは父さんが悪いんでしょ」
「お前!まさか浮気の件きいたのか!?……いやなんでもない」

もうバレてるし言ってる言ってる。
父は隠し事が下手だった。

「で、どこにあるの?」
「……あれを使うと浮気性になるぞ~こわいぞ~」
「もういいよ、そういうの」
「帰ろう、アスフィ。浮気はダメ」
「いやでも!杖が-」
「……いやぁ真面目な話、あれもう治せないんだよ。母さんの杖は年季が入っててな大分腐食している。要するにカビだらけだ」
「そんな…」
「残念だがあきらめろ」

諦めろと言われてもおれは諦めきれない。
おれは母の杖がいい。母の杖は母が大事にしていたものだ。
それを持って旅に出る。母が大事にしていた杖で旅に出るんだ。

「……いやだ。僕は…俺は諦めないっ!!!」
「アスフィ!」

どこだどこだ!?へそくりってどこだ?
小さな家だ、そんなに隠せるところなんて限られているはず。
捨てはしない限り…まさか、

「捨てた、のか?」



結局杖は見つからなかった。
家中くまなく探したが、何も出てこなかった。
出てきたのは母のへそくりと、浮気許さない日記だけだった。
日記は1ページを開いて、見るのを辞めた。ページ一面に『浮気許さい浮気許さない…』と書いてあった。怖かった。


「はぁ…どこにもない」
「ねぇアスフィ、別の杖じゃダメなの?買ってあげるよ?」
「ダメだ。母さんの杖がいいんだ」
「でももうないじゃん…諦めようよ」

それもそうか…うだうだいっていてもしょうがない。
旅に出るのが目的だ。杖がないから旅に出ないのは違う。
それだと母の目を覚ます可能性すら自ら消すことになる。

「……分かった。諦めるよ」
「うん、そうしよう」

レイラは俺の頭を胸に抱き寄せ宥めてくれた。
1つ歳上だからだろうか。この時少しだけお姉さんに見えた。

「……柔らかい…」
「……」
「あいた!!」
「えっち」
「なんだよ、もう出来てんのか?お前らー」
「わっ父さん!?ぐへぇっ!?」

父に見つかったからか、レイラは俺を吹き飛ばした。
というより弾き飛ばしたに近い勢いだった。
俺は壁に全身で激突した。

「……師匠なにかありましたか?」
「お、おう。いや、まぁ杖なんだがな-」


「あったぞ」




杖は木箱にいれて大事に保管してあった。
どこにあったかって?
今も母が眠っているベッドの下だ。

「……そりゃいくら探しても見つからないよ」

母は今も安からに眠っている。
呼吸はしている。だが眠りから覚める気配はない。

「ありがとう、母さん。杖借りるよ」

そう言ってホコリまみれの木箱を開けると、
父が言っていた通り腐食が進みカビだらけだった。
それに加え真っ二つだ。これでもかと言わんばかりの痛み様だ。

「…な?いったろ?もう使えないんだこいつの杖は」
「……それは父さんの決めつけだ。僕はそうは思わない-」

俺は杖に手を伸ばした。
杖にありったけの想いの籠った魔力と言葉をのせた。
それは母が眠る前に一緒に誓った言葉、

『みんなを笑顔にできる最強のヒーラーになる』

杖は光り輝き、腐食していた部分は何事も無かったかのように消え、それどころか真っ二つに折れていた部分が元通りになっていった。

「うそだろ…そんなことが-」
「……アスフィ」

父とレイラは驚いている様だ。
だが俺は、不思議に思わなかった。
なぜなら俺なら出来るとそう思ったから。

「…まさか生物だけじゃなく物にまで回復を」
「父さん、それは違うよ。杖は木だ。樹木もまた生物だよ」

俺は父にそう笑いかけた。
こうして俺はこの世でひとつしかない最高の杖を手に入れた。両手でもつタイプのロッドだ。杖の先端には綺麗な緑の宝石が付いていて、持ち手部分に『アリア』と刻まれていた。
これでやっと改めて旅に出ることが出来る。
悔いの残らない形で。


「……行ってくるよ、母さん。…いこうレイラ」
「うん」

俺は安らかに眠っている母に語りかけた後、家を後にした。
素晴らしい杖だ。これはどの杖よりも価値が高い。
俺は確信したのだった。



そしてゲンじいの店の下をまたほふく前進で通るのであった。