「じゃあな。仲良くやれよ」

 創助は、明るい声でそう言うと、ブーツを履いて帰って行った。不機嫌そうな顔で立っている青眞と、それを不思議そうに一瞥している雫が見送った。

「雫、夕食は?」
「出来ています」

 こうして二人は台所へと向かった。本日は肉じゃがだ。牛肉を使っているのだが、牛肉を食べるという文化は、最近異国から入ってきたものである。他にも牛肉の料理には、すき焼きなどがある。

「どう? お味は」
「うん。ほっとする味だね」
「良かった」

 嬉しくなって、雫は両頬を持ち上げる。それからまじまじと青眞を見た。己はまだ、青眞の事を全然知らないようだと考える。叔父はどうやら詳しいようだが、どうせならば本人から直接聞きたい。なにせ自分達は、夫婦(めおと)なのだから。

「青眞」
「ん? さっき立ち聞きしていた内容について?」
「えっ!? 気づいてたの!?」
「……いいや、カマをかけたんだよ。そうじゃないかなぁと思ってね」

 呆れたような青眞の声に、慌てて雫は、両手の指先を唇に当てた。

「鋭すぎるでしょう!」
「雫がわかりやすすぎるんだよ」

 呆れたままの表情に、青眞は苦笑を重ねた。

「それで? 何が聞きたいの?」
「ええと……どうして軍を辞めたの?」
「君と結婚するから、というのが理由だよ」
「え?」
「……お嫁さんを迎えるんだから、危険な仕事は辞めようと思ってね」

 そういうと青眞が微笑した。苦笑ではなく、きちんとした笑顔だった。
 薄い唇が、優しく弧を描いている。

「俺は俺で、結婚前にも君のことを考えていたって事。君がまだ見ぬ俺を想って、煮魚の練習をしてくれたのと同じだよ」

 その言葉に、何故なのか雫は頬が熱くなってきた。そして何度も大きく頷いた。

「英断ね。それがいいわ。危険な仕事はしないべきよ」
「だろ? ただまぁ、代々高藤家の人間しか――今となっては俺にしか出来ないこともあるから、即応予備書記官として、普段は自由にしているけど有事の際は出向くという取り決めはしているよ。今回も、そういう話」

 つらつらと語る青眞に、頷きながら雫は少しずつ理解していく。

「――それで、高藤家の人間の持つ力というのは、〝青隠しの筆〟と呼ばれていて、生まれた時に特注する筆で宙に文字を書くと、それに力が宿って、悪しきものを封印できるというものなんだ。他にも、墨で紙に書いても、その辺のお札よりは強い破魔の力が宿るように出来たりもする。それを俺は文筆業だと伝えたんだよ」

 そうだったのかと、雫は納得した。
 仕事については概ね納得したので、雫は頷くことにした。

「そういうわけで、今日の夜は対処に出かけるから、家を空けるし帰りが遅くなる。明日は昼過ぎまで寝ているかもしれないけど、起こさないでね」

 真面目くさった顔で青眞が言うので、小さく首を縦に動かしつつ雫は頷いた。
 そのようにして夕食を終えると、一度部屋に戻った青眞がひょいと顔を出した。食器を洗っていた雫が振り返る。

「出かけてくるから、戸締まりをしっかりとするようにね。それと不用意に――いいや、絶対に今夜は外に出ないように」
「分かったわ」
「くれぐれも俺についてこようとしたりせず、大人しく」
「わ、分かってるわ!」
「それとあやかしが騒ぐかもしれないから、本当に外には出ないように」

 青眞がそう言うと玄関へと向かったので、雫は見送りに立った。
 本日の青眞は、洋装だ。黒い帝国軍の軍服の装いである。ブーツを履いている青眞を見ながら、本当に軍人だったのだなと、雫は改めて考えた。

「それじゃあね」

 そう言って立ち上がると、青眞が外へと出て行った。

「いってらっしゃいませ」

 それからすぐ、ガシャンと外鍵を閉める音が響いてきた。

「……これじゃあ、外に出られないじゃないの」

 雫はぽつりとそう零した。
 その後入浴した雫は、両手でお湯を掬う。肩から疲労が抜け出していく用だと感じながら、ぼんやりと考える。

「本当に危険は無いのかな?」

 青眞はそのように言っていたのだし、信じるしかない。ただそれでも、無事に帰ってきて欲しいと願うのは別だ。

 その日は身支度を調えて布団に入った後も、暫くの間青眞のことを考えて、無事を祈っていた。微睡みはじめてからは、気づくと夢を見ていた。