それが一段落したので、いよいよ片付けをすると決める。
今にも雪崩を起こしそうになっている、傾いた本の山を見上げ、これは椅子を持ってきて登った方がいいと判断した。テーブルから青眞の椅子を運び、本の山の横に置く。しかし届きそうにないので、さらにその上に、自分の椅子も運んできて重ねた。
そして椅子の上に立って手を伸ばしたが、背の低い彼女の手は、もう少しのところで届かない。
「うううっ」
そこで雫は、つま先立ちをした。そして一番上の本を取ろうとした瞬間、足を踏み外した。本の山も降ってくる。このままでは床にぶつかる。と、覚悟してギュッと目を閉じた、その時だった。
「え?」
気づくと青眞の上にいた。椅子の背が床につく形で二つ倒れており、先程まで椅子があった位置に青眞がいて、彼が己を抱き留めてくれたのだと雫は理解した。本は幸い、雫達の位置から見て、左手に倒れている。
「あのさ」
「あ」
「一体何してるんだよ、君は? 俺、びっくりしちゃったよ。怪我は?」
「ないわ! ありがとう助けてくれて!」
「……まぁ、うん」
青眞は深々と息を吐いている。その思ったよりも力強いでと、背中に感じる厚い胸板に、雫は、青眞に対して初めて男らしさを感じた。だから自分を抱きしめている彼の腕に、両手の指先でそっと触れてみた。
「……っ!」
すると少しして、青眞がハッとしたように息を詰め、腕を開いた。
「ほ、本当に怪我はないんだね?」
「ええ」
大きく頷き、雫は立ち上がる。そして、床に散乱した本を見た。
「雪崩が起きてしまったけれど、これなら私も整頓しやすくなった」
「雫がとてつもなく前向きである事を、たった今俺は理解したよ」
青眞は柔らかそうな髪をかきながら立ち上がり、隣の和室へと向かう。
こちらが片付いたらあちらも片付けなければと考えつつ、この日は昼食を少し遅い時間にすると決めて、雫は精一杯本の整頓をしたのだった。
午後になり、雫は昼食の皿洗いを終えてから、青眞に問いかけた。
「ねぇ、青眞。庭は弄らないの?」
「んー、興味ないかな」
「そう。私が弄ってもいいよね? それなら」
「お好きにどうぞ」
こちらを見もせず、青眞は今度は万年筆で、紐でとじた紙の束に、何やら必死に書いている。仕事中だろうと判断し、邪魔をしないようにしようと考えて、そのまま雫は庭へと出た。初日に目視した通り、やはり荒れ放題だった。
「まずは草むしりをしないと。あとはどんな花を……あ、ラベンダー……? いや、でも、このお庭にはあまり合わないかなぁ。紫陽花とか、朝顔とか、そういう色の花がいいかも」
現在、季節は春である。夏に向けて、そういった花を植えるのもいいだろう。また、秋に向けて、コスモスの種を蒔いておくのもいいかもしれない。
あれやこれやと脳裏で考えながら、ひたすら雫は草をむしった。
するとあっという間に日が暮れたので、慌てて土で汚れた手を洗い、雫は夕食の準備に取りかかった。この日は煮魚を作った。
「あ、美味しい」
向かい合っての食事の席で、青眞が煮魚を食べてそういった。
雫は自慢げに頷く。
「得意料理の一つなの。未来の旦那様に食べさせようと思って、お母様に必死で習ったんだから。家の味が大好きだったから、私も作れるようになって、絶対に食べさせるって決めてたの。つまり――まだ見ぬ青眞のために、私、とっても頑張ったのよ!」
満面の笑みで雫が断言すると、そんな雫をぼんやりとしたような顔で見ていた青眞が、するりと視線を外し、顔も背けた。
「ふぅん。ちゃんと花嫁修業してたのか。名前ばかりの家事手伝いじゃなく」
「あたりまえでしょ? 女学院を出てからは、ずっと修行をしていたの。特に炊事は気合いを入れたんだから。ありがたく食べて下さい!」
「そうだね、いただきます」
青眞が雫に向き直り、小さく口元を綻ばせる。
こうして和やかに、夕食のひと時は進んでいった。