「ところで雫さん」
「私のことも雫で結構です」
「そ? じゃあ、雫。俺、腹減ったんだけど、なにか作ってくれない?」

 日ノ本では、料理は女性の仕事と決まっている。
 初仕事だと、雫は頷きながら、笑顔になった。実家で家事手伝いをしていた頃は、多くを母が行っていたため、暇で暇でたまらなかったのだ。修行としては雫も手伝ったが、肝心なことは母がやる事が多かった。雫が任せてもらえるのは決まった時だけだった。

 早速台所に向かい、雫は食料棚を見る。新鮮そうなネギがあった。
 その下の桶には、豆腐がある。まず一品、お味噌汁が作れそうだ。

「ご飯はありますか?」
「ない」
「じゃあ土鍋ですぐに炊きますね」

 雫はそう告げながら、次々と鍋や食器の位置を把握していく。柱に背を預けて腕を組み、その様子を青眞が眺めている。雫は帯紐で着物をたすき掛けにし、いざ! と、気合いを入れて、包丁を手にした。

 なお片隅には桃色の小鬼が座っているし、天井には首が長く伸びた女の幽霊が居て、鍋を興味深そうに覗き混んでいるが、雫は気にしないことにする。

 こうして三十分ほどで、それなりに完璧という、矛盾した表現が適切な、家庭料理としては満足できるできの、和食が綺麗に完成した。

 テーブルに並べて、雫は最後にほかほかの白米をよそって、青眞の前に置く。

「どうぞ」
「いただきます」

 へらりと笑ってから、手を合わせた後、青眞が箸を取る。
 まずは一口、お味噌汁を飲んでから、青眞が微笑した。

「うん。美味しい。正直、料理が下手なお嫁さんだったら、即刻離縁しようと決めていたんだよ」
「酷いですね、それ。この帝都じゃ、離縁されたりしたら、次の貰い手が全然無いのに」
「俺、そういうの気にしないから」

 冗談なのか本気なのか、そう言って笑ってから、本格的に食べ始めた青眞は、すぐに昼食を完食した。

 こうして、二人の生活は始まった。