「久しぶり、音葉ちゃん。元気にしてた?」

 私は相談学級の教室へ入り、スクールカウンセラーの佐和 三波(さわ みなみ)先生にそう問いかけられる。

 精神的に辛くなってしまったことや悩みを毎週月曜日の五限目、三波先生に話している。とはいえ言葉にはできないのだから、私は頷いたり紙に書いて会話するだけだ。

 『はい。元気です』

 「そっかそっか、良かった。最近どんなことをしてたかな?」

 カウンセラーの先生って、何故か近状の出来事を聞いてくる。外に出た? とか、学校は行けてる? とか。他の人に聞かれたらうんざりするけれど、三波先生にはどんなことも話したいと思える。

 “私みたいに” 何か過去に辛いことがあった人は不登校になったりするのだろう。だけど私はいま、高校へ毎日行けている。頑張れている。

 『家で読書していました』

 「へぇ、読書か、素敵だね。普段どんな本を読むの?」

 『ミステリーが一番好きです』

 「わぁ、私もミステリー好き。推理するの楽しいよね」

 そんな他愛もない会話をしながら、三波先生と絆を深めていく。“また人に苦しめられたら” と思うと怖いけれど、三波先生は信じられる。だからきっと大丈夫。 

 「やっぱりまだ、声は戻らない感じかな?」

 そう聞かれて、私はこくん、と頷いた。声が戻らないことを認めるのは嫌だった。自分は他の人と違うから。

 「そっかそっか。でも大丈夫、ゆっくり改善していこうね」

 私はまた首を縦に振る。辛い、という思いを言葉に出せないのがものすごく虚しい気持ちになる。

 「あっ、そうだ。転校生の谷岡美音ちゃん分かるかな? 音葉ちゃんと一緒のクラスだったと思って」

 『はい。話しました』

 「美音ちゃんとは今朝話したけど、とても優しい子でね。音葉ちゃんと似たような悩みを抱えていると思うから……ぜひ仲良くしてあげてね」

 私と似たような悩み、って何だろう。この世に私と同じように苦しんでいる人はどれだけいるのだろうか。
 少なくとも私よりはマシな悩みでしょ――そう思っている醜い自分が嫌になる。

 「じゃあまた来週にね。音葉ちゃん、ゆっくり回復していこうね」

 『はい。三波先生、ありがとうございます』

 他人には自分の悩みを話したくないと思っている。自分は普通ではない、普通の人とは違うという理由で軽蔑されてしまうのが怖いから。

 けれど三波先生には全てを打ち明けたいと思える。やはり私のことを理解してくれている唯一の存在は大きかった。