進級して高校二年生となってから一週間。俺はまだまだ新しい環境は慣れなくて、高一の気分でいた。

「……」

 そう思わせる一つの要因として、今日も去年と変わらず放課後に、図書室へ向かっているのがあるのだろう。図書室はほとんど人がいなくて好きな本に囲まれていてとても落ち着くのだ。

「あれ」

 いつものように図書室に入ると、珍しく人がいるようで紙と紙の擦れる音が空気中を震わせていた。それに、今は図書委員の人もいなくて、いるのは一人だけのようだ。
 その発生源は図書室の窓際の席。そこには外の景色を背にして本を読んでいる女子生徒の姿があった。その子は隣のクラスにいる南野咲希さんだ。淡い残光が彼女を照らし出し、舞っているホコリが鈍く輝いている。
 本を読み進めている彼女の瞳はどこか哀愁が漂っていて目が離せなかった。キレイに整えられた長い髪と整った目鼻立ちも相まって釘付けで。

「あ」

 入り口で彼女の姿をボーっと眺めていると、ふと顔が上がり視線が交錯する。盗み見たような気がして、罪悪感に視線を本へ。

「……もしかしてあなた本、気になってる?」
「あ、いや」
「違うの? ここに来てからずっと見ていたと思ったのだけど」

 彼女は小悪魔的に微笑みながら読んでいた本を机に置く。一瞬脳内であなたの顔を見ていましたと言う想像をしたが、恥ずかしすぎてすぐに捨てた。

「そ、そうなんだ」
「ふーん、ずっと見続けるくらいマジなんだ」
「ええと」

 彼女が読んでいる本は、恋愛小説のようだった。タイトルは聞いたことがなかったけど、彼女が読んでいるということで内容がちょっと気になる。

「実は結構興味があったんだ」
「ふふっ、ストレートに言うのね」
「え?」

 彼女は口元を手で隠しながらおかしそうに笑う。おかしなことを言っていないと思うのだけど、小さな違和感が頭の後ろにあって。

「そこでずっと立っていないで座ったら?」
「う、うん」

 本を読ませてくれるのだろうか、俺は隣の席に手招きされて真っ直ぐ向かった。動かす足は緊張のせいかガチガチで転びそうで。
 何事も無く彼女の右隣の椅子に腰掛ける。そして本を貸してもらおうと目を合わせたのだけど、彼女の手は動く気配がなくて。

「私、初めて。真正面から私のことを本気になってるって言われたの」
「へ? 本……気にって」

 愉快そうに彼女はそんなことを言ってきた。その瞬間に、詰まっていたものが取れたみたく、違和感の正体がはっきりしてしまう。そして、それを理解し全身が急速に暑くなった。

「いやいやいや! そういうあれじゃなくて、本が気になったって言ったつもりで。……わざとだよね、本と気の間に一呼吸入れたの」
「そうね、そうしたのはわざと。けれど、本気なのは本当でしょ? あなたの表情と目がそう物語っているもの」

 試すように彼女はぐいっと顔を近づけていたずらっぽく微笑を浮かべる。それで心臓の鼓動が加速して、頭の中がショートしそうになって。

「き、気になってはいるけど……」

 だからか思わず自分の気持をそのまま伝えてしまった。

「やっぱりあなた素直なのね。それに反応も面白いし。……私もあなたのこと気になるかも」
「それってどういう……いや、もう惑わされないからっ」
「本当なのだけど……少しやり過ぎたかしら」

 危うく彼女の甘い言葉を信じそうになる。俺は逃げるように椅子を後ろに動かし距離を取った。

「ねぇ、あなたの名前を教えて。私は二年三組の南野咲希。わかると思うけど本が好き」

「……俺は二年二組の堀北優。同じく読書が趣味」

 こう一対一で自己紹介するのが慣れていなくて、変な感じになっていないか不安になる。

「堀北くん、私と友達にならない? あなたと仲良くなりたい」
「ほ、本気? からかってないよね」
「ええ」

 南野さんの表情を見ても、朗らかな表情でいて嘘をついているようには見えなかった。

「な、なら……よろしくお願いします」
「こちらこそ」

 なんだか告白したみたいでくすぐったかった。それから少し沈黙が続くと南野さんは窓の方に目を向ける。

「ねぇ堀北くん。私達、本を通してお互いを知っていけば、いつか『気になってる』から『本気になってる』かもね」

 そう言い終わると南野さんは眩しい笑顔を向けてきた。俺は顔がさらに熱くなるのを感じて、ふいっと窓の方に背ける。

「……そうかもね」

 窓の向こうに目をやれば桜達が花びらを咲かせていて、風が吹くと小さなピンクの踊り子達が可憐に舞う。それは新しい始まりを祝福しているようだった。