**

 夏期講習が終わって、二学期が始まった。

「最近陽奈、機嫌いいよね」
「そう?」
「何かいいことあった? もしかして、彼氏できた?」
「ええ〜、誰? 教えて!」
 私の周りは相変わらず騒がしい。
「彼氏はできてないけど、いいことはあったかな」
「何?」
「秘密」
「え〜!」

 あの日から、自転車で浜崎君の家にちょくちょく通っている。
 初めてコスプレした時のドキドキは忘れられない。浜崎君と二人で作った巫女さんの衣装を着て、シルバーのウィッグを被って、浜崎君にメイクを手伝ってもらった。私なのに私でない。スマホのカメラで撮られた私はとびきりの笑顔を浮かべていた。
 それからは、違う自分になれる日があることが私の支えになっている。

 浜崎君と違って、学校での私が素の私。これを今から変えるのは難しい。
 目立たなく、慎ましやかに穏やかな日々を送りたい。
 この願いはたぶん叶わないし、誰もがそんな平穏な日々を送っているわけではない。私のなりたかった、「教室の浜崎君」は幻だった。
 平安が無理なら楽しい時間を作ればいい、と本当の浜崎君から教えられた気がする。

「市瀬さんはもう少し上手くやればいいんだよ。容姿だって利用するくらいでちょうどいい。せっかく綺麗な顔してるんだから」
「浜崎君は今、自分の瞳好き?」
「うん。アイデンティティーだと思ってるよ。ちなみに俺は市瀬さんの容姿も好きだよ。超絶美形ってこんな人のこと言うんだな、と初めて見た時思ったよ」
「ありがとう、でいいのかな。でも、中身知ってがっかりしたでしょ?」
「あはは、ぜんっぜん!」
 メイクしてもらってる時に浜崎君と交わした会話だ。
 私もいつかこの容姿を肯定できる日が来るのかな。浜崎君を見てると、できる日がくる気がしてくる。
 

 ハロウィンの日に、二人でコスプレして出かけることを目標にして、私たちは今衣装作りに励んでいる。一生懸命取り組んでいると、自分の容姿のことを忘れられる。浜崎君は私の外見を肯定はしても、余計な感情を入れずに付き合ってくれるので楽だ。
 たくさんの浜崎君を知っても、まだまだ浜崎君は謎が多い。今まで出会ったことがない部類の人だと思う。
 浜崎君は色んな面を演じ分けているけれど、そのどれもを楽しんでいる。

 浜崎君になりたい。

 私はたぶんこれからもそう思うだろう。
 
 
             了