「じゃあ、教室の俺じゃない格好で行けば、大丈夫じゃない?」
 浜崎君が悪戯を思いついたように言った。
「それは、そう、かも」
 私はつられて笑ってしまった。
「市瀬さんのその格好ってさ、もしかして、市瀬さんだと知られたくないからなの?」
「え?」
「倒れた時、男の子かと思った。そしたら市瀬さんで驚いたよ。男装の趣味があるのかなとも考えたけど」
 浜崎君の声に茶化す響きは全くなかった。
「私、望んでこの見かけに生まれた訳じゃないのに。この容姿のせいで特別扱いされてるのがすごく嫌なの」
「まあ、それだけ美形じゃ仕方ない気もするけど、そっか、市瀬さんは嫌なんだね」
「うん。だからね、私、浜崎君になりたいと思ってた」
 私は本人を前に、驚くほど素直に言葉にした。
「え? 俺?」
「浜崎君だって色々あるはずなのに、教室で目立たず、ひっそり毎日を送ってるのが羨ましくて」
 浜崎君は楽しげに笑った。
「市瀬さんにそんなこと思われていたなんて驚き! まあ、でも、あれはあれで演じてるだけなんだよ」
「うん。今日初めて分かった。素の浜崎君は、教室の浜崎君とは違うんだね」
「ん。俺の瞳、気づいてる? 左右で色が違うオッドアイなんだ。先天的なものなんだけど」
「あ、うん。綺麗な瞳だよね」
 私の言葉に浜崎君はくしゃっと今日一番の笑顔を見せた。
「市瀬さんはそんなふうに言ってくれるんだね。俺、幼稚園で『こわい』って言われたんだ。まあ、幼い時って思ったこと普通に口にしちゃう残酷さがあるよね。でも、俺、その言葉かなりショックで」
 今度は悲しみを誤魔化すように浜崎君は笑った。私は胸が締め付けられた。
「一時期性格も暗くなって。みんなと遊ぶのもやめて。そしたら誰も俺に構わなくなった。寂しいとも思ったけど、もう傷つくことは言われなくて済むのかなって思ったよ。小学生になってからは眼鏡をかけるようにして、前髪で目元を見えづらくして」
 浜崎君は苦労して教室の浜崎君になったんだ。
「ごめん、私、浜崎君の過去も知らずに軽々しく浜崎君になりたいだなんて言って」
 穴があったら入りたい。
「いや、いいんだ。今は教室の自分も楽しく演じてるから。市瀬さん見てると目立つって大変だよなって思ってた。今日変装してる市瀬さん見て、ますます思ったよ」
 数十分前まで話したことさえなかった浜崎君とこうして語り合ってることが不思議だった。