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 冷たい。首や脇の下が。
 柔らかな風が頬をふわりふわりと撫でるのを感じる。
 冷たい? さっきまであんなに暑かったのに?
 私はゆっくり目を開けた。木目のある見覚えのない天井が視界に入った。
 どこ?
「あ、起きた。大丈夫? 救急車呼んだ方がいい? ポカリスエット飲める?」
 風が止んで、男性の声がした。私は声の方に視線をゆるゆると移した。浴衣を着て、団扇を手にした男子がそこにはいた。
 誰?
「市瀬さん、だよね? 聞こえてる?」
 視界にあった赤黒さが消えている。音もはっきり聞こえる。
「大丈夫です。ポカリスエットいただきます」
 私はその男子を見つめながら質問への答えを口にして、彼の瞳の左右の濃さが違うことに気づいた。見間違いではない。
「了解。どうかした?」
 綺麗だと思う。けれど、言われたくないかもしれない。
「あの、私、どのくらい寝てましたか? 貴方は私のことを知ってるの?」
「倒れてから二十分ほどかな。俺は市瀬さんのクラスメイトの……あ、そうか。ごめん、今、家仕様だから」
 彼は前髪をおろしてみせた。
 あれ? どこかで見たことがあるような。
「いつもは度の入ってない眼鏡をかけてます」
 少し長めの前髪と眼鏡……。
「も、もしかして、浜崎君?!」
「うん。わからなかった? ポカリ持ってくるね」
 私は部屋から出て行った浜崎君を見つめたまま、これは夢なのだろうかと思った。
 私の気になっていた家。今時珍しいどっしりとした和風の家で、表札には浜崎とあった。浜崎君の家なのだろうかと思って気になっていたのだけれど、本当に浜崎君に会うなんて。
 教室での浜崎君とは別人の浜崎君が、ポカリスエットのペットボトルとグラスを持ってくるまで、私は呆然としていた。
「はい、ポカリ」
「あ、ありがとう」
 浜崎君に背中を支えられながら体を起こすと、首のアイスノン、脇の下に挟まれていた氷嚢が落ちた。冷たかったのはこれだったんだ。
 喉の渇きを思い出して、私は一気にペットボトルのポカリスエットを半分ほど飲み干した。喉から胃に冷たい液体がおりていくのが分かる。
 少しずつ頭がクリアになってくる。
「介抱してくれてありがとう」
「ネットで調べての応急処置だから、どうなることかと思ったけど。本当に大丈夫なの? 救急車呼ばなくてよかったのかな」
「大丈夫。だいぶん楽になった」
 浜崎君は私の言葉に安堵するように笑った。
「良かった。しばらく安静にしといた方がいいよ。後で家を教えて? 自転車で悪いけど送って行くから」
「じ、自分で帰れる」
「倒れたんだからだめだよ」
 変装してるから分からないかな。
 私と一緒にいることで浜崎君に迷惑をかけることになったら嫌だ。
「市瀬さん? もしかして俺と一緒にいるところ見られるの嫌?」
「そうじゃなくて、浜崎君が冷やかされたり、何か言われたりしないかが気になるの」
 浜崎君は色の違う瞳を大きく見開いてから、笑った。
「俺の心配? 優しいんだね」