休日の廊下に人気はなく、足音が三つ、反響しては消えていく。
 煌、優牙、教師。横に並んだ三人は、“定期人間界視察密使”について話している。口を開くのは、主に教師だ。
「ま、皆、怖がって積極的に人間界に出ようとしないわけだ。ましてや、小学校の頃から校則を破って抜け出す、なんてするやつはいないな」
 ちらりと見られたような、見られていないような・・・・・・。
「まあ、ちゃんと許可を取って人間界に行ったことある奴もいるんだぞ? だがいい加減慣れなければ、ほら大学は人間界だからな、困るだろ」
「え、出て行ったことある子いるんですか?」
「ああ、いるぞ。ま、だから知ってるように、高校生からの校外学習は人間界、特に近い日本で行われる決まりだ。その視察、ようするにロケハンな」
「はあ」
 小学生の頃から何度も聞いた説明なので、ついおざなりな相槌になる。
「そのために、事前に人間界に行くのが人間界視察密使。で、どうせならこれを生徒に任せちまえってので始まった取り組みだな」
 一人では危ないからと、二人一組で教師が選出する。無事高校一年生の第一回目を飾ったのが、煌と優牙、というわけである。
 人間界に行き慣れている煌と、親友ポジションである優牙を選んだ、となると──教師陣にはお見通しなのだろうか。
 これから教室に向かって、当日の流れや注意点などの説明を受けねばならない。
「で、やっぱり先生たちも、長いこと外に出ていないと情勢とかわかりにくくてなあ。定期的に見てきてもらおうってので回数も増えたわけだ」
 年に六回ほど、密使は送られる。ちなみに人間界にはこちらのことを認知している人が少ないため、獣人であることを隠すために人型で行く。
 煌は人の姿になると、鮮やかな金髪と漆黒の瞳を持ち、優牙は灰色のウルフヘアだ。羽を出したり、耳を出したりできる。
 二人とも、完全な人の姿になれば人に紛れていても違和感のない髪色だが、中には珍しい容姿を持つものもいる。
 別棟にある自分たちの教室に行くために、渡り廊下に出ると、正午の強い日差しが肌を差す。
 休日とはいえ、校庭には児童生徒が集って遊んでいる。三人の姿に、高校生や中学生の視線が集まった。
「あっ、煌さまと優牙さまよ」「先生もいるじゃん」「視察密使に選ばれたらしいからな」「大丈夫なのかしら・・・・・・」
 ひそひそと声が聞こえてくる。大半が女生徒で、内容は弾んだ声だったり心配するものだったりと好意的なものが多い。
 横を歩く先生が苦笑をこぼした。
「大人気じゃないか。彼女はいないのか? ガールフレンド」
「僕はいますよ? いい感じの子が」
 優牙が反応した。ああ、この前の映画に行ったって子か。どうせまた長続きしないんだろうなと思いつつ歩を進める。
 ちら、と教師の興味深げな視線が寄せられたことに気づいて、煌は返事に窮する。
「おれ・・・・・・僕、は、そういうのは」
「まー、そうか。高校一年か〜。・・・・・・去年の校外学習は銀桂商店街で職業体験、だったか?」
 銀桂商店街、というのは獣人たちが営む商店街である。
 獣人たちはもともと人間界で生まれ、あるときまでは人間界にしか存在しなかったが、やはり人の世にいると壁を感じてしまうことが多かった。獣人なんてカミングアウトしてしまうと下手すりゃ化け物扱いである。
 今でも人間界に出るときは、決して人の姿を解いてはいけない。それは自衛を意味する。
 彩羽学園の設立目的としては、生徒をゆくゆく人間界へと出すこと。
 もともと広くない獣人たちの楽園は、過密が深刻化している。ここ二十年、商店街や周辺を管理する組合が人間界への移住を推し進めているのだ。
 そのため、彩羽学園では基本的に寮以外で人型を解いてはいけない、ということも校則としてある。人型に慣れるためだ。
 元の種族の血が濃いほど、自然な姿でいる方が楽であるため、人型でいることはまた、訓練になるのだ。
「はい。僕は、書店で本の仕分けを手伝いました」
 煌に続いて、優牙も答える。
「僕はカフェでウエイトレスを。楽しかったですね」
 ああ、そういえば。にこやかに働く優牙の姿を見に、結構な人数がカフェに押しかけたはずだ。
「この学年は和気藹々としていて雰囲気がとてもいい、ってな。商店街の方々も褒めてたぞ」
「あー」
 ここから先は聞き慣れた話になる。すぐに察して、半分くらいは聞き流すことにする。
 折に触れて、よく出る話題だ。
 彩羽学園の二十期生──煌の学年は、これまでの学年と比べると仲が良く、雰囲気もよく、団結力がある、と。
 そのあとにはこう続く。ただ、なあ、と。
「成績がな」
 はい耳タコ。
 苦々しい表情の教師に、優牙は多少気まずそうに目を逸らすも、煌は正直勉強に対してコンプレックスは持っていない。
 なんだか話についていけていないようで、浮いているようで──でもまあ、いいだろう。成績がいい分には。
 若干面倒になって、適当に聞き流し教室まで歩いた。