「えっ・・・・・・と」
 うろうろと、彼女の視線が宙を彷徨う。室内ですら目立つ、月紫の眩しい銀髪から目を逸らすように。
 後ろに流して緩くくくった髪を気まずげに、月紫は撫でた。
「あ・・・・・・」
 まずかっただろうか、とちらりと月紫を見る。この反応は、彼女にとって一番してほしくないものだったのではないか──そう思って。
 けれど次の瞬間、ぱっと二夏は笑みを浮かべる。そして、いつもの調子で喋り始める。
「つくしちゃん? だよね。初めまして、二夏っていうの。漢字はねー二つの夏。二つの夏って書いてニカ。珍しいでしょう。これね、実は、お母さんとお父さんの初デートとプロポーズの季節が由来になってて──」
 二夏は口を動かしつつ、カウンター席の椅子を少し引き寄せ、座った。突っ立ったまま呆気に取られている月紫にも、そしてその横で胸を密かに撫で下ろす煌にも、椅子を勧めた。
「あ、ありがとう」
「お、さんきゅ」
 各々の小さなお礼も受け流しながら、彼女は自分の名前の由来を話してくれる。
 その間に煌は、奥の方から顔を出す二夏の母──カフェ『Summer Vacation』の店長に話しかけた。
「店長、俺いつもの頼んでいいです?」
「いらっしゃい、煌くん。もちろん。お連れの可愛い子はなにがいいかな」
「んー・・・・・・山菜あります?」
 どうやら話し込んでいるようなので、適当に注文しておくことにする。
「山菜? うーん、ぎりぎりヤマモモのジャムのトーストが出せるけど、山菜はないかも」
「あ、じゃあそれで。あとは一応、水を。口すぐ乾くだろうし」
 つくしちゃんってそういえばどんな字を書くの、と質問している二夏をちらりと見やる。
「ははっ、そうだね。ほんとにこの子はよく喋るから・・・・・・少々お待ちを」
 店長は苦笑いをしつつ調理に戻っていった。
「月に紫、って書いてつくし。私もなかなか変わってるんじゃないかな」
「確かに、あんまり見ないね。でも紫の月、っておしゃれじゃん」
「二夏ちゃんも由来エモいよね」
「え、マジ? エモいとか言ってくれたの月紫ちゃんが初めてなんだけど」
 ・・・・・・え、対等に話してる。月紫があの二夏と対等に話してる・・・・・・。
 唖然としていると、からんからんと入り口のベルが鳴って、少しむっとした空気が冷房の隙間を縫って流れ込んできた。誰か来店したらしい。
 店長がまた奥から顔を出して、笑顔を見せた。
「こんにちはぁ。今開いてます?」
「あ、優牙くんいらっしゃーい。今ねー煌くんも来てるのよ」
「おっ、よお。優牙じゃねーか」
 この休日にも、彼はここへ通っているらしい。なんとも慣れた様子で入ってきた優牙は、所在なげに話す二人の女子を見ていた煌に、驚いた表情を浮かべた。
「えっ煌じゃん。なんでいるの?」
「いちゃ悪いか」
「悪かないけどさー・・・・・・えっ月紫ちゃんじゃん。ますますなんで?」
「俺が連れてきた。月紫、興味あったらしくて」
「えーそうなんだ。あ、おばさーん僕あれいいですか?」
 優牙が来たのは予想外だが、話し相手ができたのは幸いだ。
「なんだよあれって」
「ぇとー・・・・・・いっつも僕が頼んでるやつ。お肉」
「急にお前、語彙力どうした」
「吹っ飛んでった。煌がいると思わなくて」
 あまり表情には出ていないが、しっかり驚いているらしい。
「煌、ほんとに月紫ちゃんと仲良いんだ。脈アリじゃん。てか二人結構話弾んでない?」
「そうなんだよなー、俺一方的に話し相手になってただけだったからびっくりしてる」
 最近のドラマや雑誌等芸能界の話に関しては煌はすでに門外漢であり、まったく返事ができなかったのだが。
「うんうん。僕も最初の頃はそうだった。最近は結構話せるよ」
「あー経験値が足りなかっただけか。結構長い付き合いなはずなんだけどなー」
 しばらくそうやって話していると、海鮮の匂いとともにパスタが運ばれてきて、続けてステーキと、トーストも出てきた。
「お待たせ。召し上がれ」
「ありがとうございます」
 ポテトとともに盛り合わせられた小さめのステーキが優牙の前に置かれる。
「あ、いただきまーす」
「わ、煌注文してくれたの?」
「一応。ワラビなかったからヤマモモで」
「やったあ、美味しそう。ありがとう、いただきまーす」
 三人が箸を持った横で、二夏が母親に文句を言っている。
「あれお母さん、私の分は?」
「あんたは水よ。お昼ご飯食べたでしょ、頼むんだったらお金払いなさいな」
 たんっと冷たいグラスが置かれて、二夏が口を尖らせている。
「えー、優牙一切れ分けて」
「こら二夏」
「あ、大丈夫すよ。僕ちょっとここ来る前に流行りのスイーツ食べてきちゃったから、全然」
 ダウト。心の中でつぶやく。
 流行りのスイーツなんて、嘘に決まってる。人間界に不慣れな彼が、人間の多い街まで繰り出して買い物なんて、できるはずがなかった。よっぽど二夏によく思われたいんだろうか。
 相当『ほの字』──と、どこかで読んだ表現を思い出しつつ、パスタを頬張る。
「ありがとねえ優牙くん。でもダメよ。二夏、ポテトの余りあげるから」
「やったぁあっ。うーん、おいひい」
 なんだかんだと揉めつつ、この親子は仲が良い。