「ねぇ、この人かっこよくない?」
  「ほんと、それ。こんなイケメンが私の彼氏だったらいいのに~」
 「いや、それは無理でしょ」
 「いや、そんなことないって。ねえ、このイケメンどう思う?」
 「うーん、まあまあかな。あまり、かっこよく見えない」
 私、早川美来(はやかわみく)は、いつも通り思ったことをそのまま言っとく。
 「はーい。今日も美来の辛辣コメントいただきました」
 「この人絶対にかっこいいのに......」
 この人を見てかっこいい?
 そんな感情は存在しない。
 だって、私は男の人に興味がないんだもん。
 「そう?それよりもさ、次のページの可愛い女優さん達見たい」
 「イケメンを『それ』呼ばりなんて、アイドルオタクに喧嘩売りにきているね」
 「まあ、それが美来だし」
 高校に入ってから友達になった(むつみ)有紗(ありさ)は、まだ入学して一週間だけど私のことを完全に理解してくれている。
 「ところでさ、美来の隣まだいないね」
 「どんな人がくるんだろー?女子がいいな」
 私の言葉に二人が苦笑いをする。
 そんな変なこと言ったっけ?
 「もう、何言ってるの。美来の隣は女子でしょ」
 「有紗の言う通りだよ。だってこの高校、女子高じゃん」
 「あ」
 小中が共学のせいで教室に男子がいることに当たり前になっていたんだけど、高校は女子高になったんだ!
 教室を見渡すと当然ながら男子生徒は見当たらず、視界に映るのは女子生徒!
 改めて実感する女子だけの空間に顔が緩んじゃう。
 「にやにやしすぎ。そんなに女子高がいいの?」
 「うん」
 「そう?でも、美来。女子しかいないから恋愛できないよ~」
 有紗がふざけ半分で脅してきたけど、むしろ、共学の方が恋愛できないのに.....。
 この話題だと墓穴を掘りそうなので、話題を変えとないと。
 「そ、そんなことないよ。あ、そろそろ、先生来るんじゃない?」
 「ほんとだぁ。早く準備しないと」
 ちょうどいいタイミングで教室のドアが開き、見たことない人が入って来る。
 こんな時期に転校生?
 入って来た生徒を見た瞬間、視線が釘付けになって動けなかった。
 横目で見ると隣にいる有紗も睦も動けていないっぽい。
 だって、ねえ?
 男子のような見た目をしているんだもん。
 ショートカットに切れ長な目。スカートではなく最近導入されたスラックス。
 もちろん、ここは女子高だから女子なのはわかるけど、もし共学だったら絶対に分からないと思ってしまう。
 そんな彼女は向けられている視線を向けられながらも私の方に向かってくる。
 「ほら~。次の時間に間に合わなくなるぞ」
 一緒に入って来た担任が注意をして、ようやく体が動けるようになったけど、私の視線は彼女のままで変化しない。
 「もしかして、僕のお隣さん?」
 私の隣に座った彼女が声を掛けてくる。
 女の人としては声が低いハスキーボイスで、かっこいい。
 「は、はい。えっと、早川美来です」
 緊張して声が震えていないか心配になってきた。
 「同じ年だから敬語じゃなくてもっと砕けていいのになぁ。僕は篠崎悠(しのざきゆう)。悠って呼んでくれる?『ちゃん』はあまり好きじゃなくて......」
 悠か......。
 席お隣だし、仲良くなれたら良いな。 
 でも、今会った人に呼び捨て+『ちゃん』付けが嫌いだなんて、何かありそうな言い方。
 まあ、人には誰しも知られたくないことを持っている。
 もちろん、私も有紗や睦に話していないことだってある。
 そういう時は、分からないふりをして無視するのが一番。
 変に気を使いたくないし。
 だから、私が言うべきことは
 「分かった。これから、よろしくね、悠。あ、私だけ呼び捨てなのもあれだし、美来って呼んで」
 悠の目が驚いたかのように開いた。
 そりゃ、悠は敢えて何かあるように言ったのに、相手の私がスルーしたから。
 「あ、うん。こちらこそよろしく、美来。あのさ、次の授業の準備しなくて大丈夫?」
 あ。
 気づいた時は既に遅し。
 授業開始のチャイムはちょうど学校中に響き渡り、
 「おい、早川。随分と楽しそうだな、先生の授業よりも。篠崎と話すのは昼休みにしてさっさと準備しろ」
 「は、はい」
 クラスの全員から笑われて恥ずかしく、急いで準備をしたものの午後の授業は全く頭に入って来なかった。

 

 「はぁー」
 盛大な溜息をしたら、近くにいた睦や有紗が振り向く。
 私の溜息が聞こえていたっぽい。
 有紗や睦がどうしてここにいるんだろう?
 周りを見渡すと教室にはいつもの四分の一ぐらいしかいない。
 壁に掛かった時計を見ると、四時前ぐらい。
 いつのまにか午後の授業は終わって、放課後が始まっていたみたい。
 「大きな溜息だね。わかるよ、私も今日の授業は溜息が出るわ」
 有紗が言う授業とは一体なんでしょうか?
 午後の記憶が全て抜け落ちていたので、チラッとノートを見ると前回のところで終わっている。
 「あれれ。ノート真っ白ですね、美来ちゃん」
 「ほんとだ―?何でだろう?」
 『恥ずかしさに耐えていたら、いつのまにか寝ていました』なんて絶対に言えない。
 言ったら、揶揄われる未来しか見えない。
 「しょうがないな。私のノート見せてあげるよ。他の教科は?」
 午前中の教科はちゃんと書いてあったが、お眠の世界に行ったので午後の授業は真っ白。
 いや〜、きれいだネ。
 「美来さん、入学して早々寝ましたか」
 「ほら、これが午後の教科分」
 軽く現実逃避をしていると、睦がリュックからノートを二冊だして、私の机に並べてくれる。
 今日、午後の授業は二時間だったんだ。
 あっという間に放課後になったのも納得。
 そんな別のことじゃなくて、睦にお礼しないと。
 「ありがとうございます、睦様。明日、お礼に何か持って来るね」
 「ありがとう。楽しみにしてる」
 睦に何を持って行こうかな?
 クッキー?カップケーキ?マドレーヌ?
 何を作るか悩んでいると時計に目がいく。
 二人って今日部活だよね?
 「ねぇ、二人は部活大丈夫なの?」
 「やば!じゃあね、美来。また明日」
 「ノート、明日で大丈夫だから。またね」
 「分かった。ばいばい、有紗、睦」
 慌てて教室を出た二人を見送ると、いつの間にか教室には一人だけになっている。
 私が入っている部活は料理部で有紗や睦のように毎日あるわけではなく、部活は明日しかない。
 だから、毎日部活をする人って憧れるんだよね。
 「よし、やるか」
 誰もいなくなった教室で何となく合図をして有紗から貸してもらったノートと教科書を見ながら、自分のノートに写していった。



 ーそれから、約一時間後ー
 思いのほか文量があって時間がかかったけど、ようやく終わりそう。
 そう思った時、教室の扉が開いた。
 え、こんな時間に幽霊?
 きゃぁぁぁぁ.....ではなく、朱と金に染まった空の光が満ちている教室に悠が入って来た。 
 「この時間まで教室に残って勉強しているんだね」
 「勉強というより、ノート写しかな。午後の授業全く聞いていなかったから」
 「確かに。隣で見てたけどずっと寝てたもんね」
 悠が揶揄ってきた。
 みんな私のこと揶揄うの好きだネ。
 「だって、ねぇ......」
 「言い訳かな?」
 「言い訳じゃないもん」
 「ねえ、美来はさ、僕のこと不思議に思わないの?一人称が『僕』だし、『ちゃん』付けがあまり好きじゃない、いや、嫌いなことに」
 悠は真面目に聞いてくる。
 さっきまでの緩々だった雰囲気が一気にぴりついて締まったのが肌で感じる。
 「そんなことないよ。どうして、不思議に思ったりするの?」
 「だって、僕は『女』なのに『男』の恰好をして行動しているから」
 どうして、当然のことのように言うの?
 たぶん、悠は不思議をマイナスな意味で使っている。
  自分のことをそんなふうに言っちゃだめなのに......。
 私が一番分かってる。
 それに、みんなと違うだけでそんなこと思う必要なんてないんだから!
 「みんなと同じ見た目や行動をする必要はない!みんなと違う?そりゃあ、当然でしょ。だって、この世界には自分と全てが同じ人なんていないんだから。まあ、クローンとかは別だけどさ。その違うところが個性じゃないの?......悠、本当は今の恰好気に入っているんでしょ?自分が好きなのは自分で否定しちゃダメだよ......」
 悠に言った言葉は私が一番言われて欲しい言葉であり、一番大切な言葉だった。
 この言葉がなかったら、今頃私はここにいないと思う。
 高校に入学していなかったし、有紗や睦、他にもたくさんの友達に出会えないと思うとゾッとする。
 一拍開いた後、悠の口が開いた。
 「ほんとはね、女子高なんて行きたくなかった。僕の体は『女』だけど、この見た目の通り心は『男』だから......。それに、もう学校に行きたくなかったんだよね。周りから奇怪な目で見られるのが嫌で」
 悠は遠くの過去を見ているようで焦点が合わない瞳だった。
 悠の話を聞いて、『性別不合』という単語が出てきただった。
 昔、自分のことを調べたくて、本を読んだり、パソコンで調べている時、この単語が知りたい言葉の隣に書かれてあった。
 日本だと『性同一性障害』と言われていて、病気や障害じゃないのにあたかも何か持っているような言葉で、あまり好きじゃない。
 この言葉の意味は、性と体の性が一致しないことを指して未だにどうして起こるのか原因は明らかになっていない。
 私と悠が黙り込んで教室におとずれた静寂を切り出したのは、悠だった。
 「でもね、この学校に来て良かったと思っているよ」
 「どうして?」
 「僕のことを見た目とか気にせずに見てくれた人がいたから。僕の隣の席が美来で本当に良かったよ」
 「大袈裟だな、もう」
 悠の言葉は本当に大袈裟だけど、そんなふうに言われて嬉しい。
 「美来ってどうしてこの学校に入ったの?確か美来って特待生なんだよね?」
 この学校には特待生制度があって上から順に入試の点数で決まる。
 特待生であることはまだ誰にも言ったことなかったから、きっと先生の会話を誰かが聞いたのかな。
 「まあ、特待生なのは置いといて、私は元々女子高に入りたかったんだよね。だって周りは女子ばっかりだよ?!興奮するし、共学よりも恋愛できそうだし」
 テンションが高くなった私の姿に見慣れない悠が引いてる。
 ちょっと、上げすぎたかな?
 上がったテンションを通常運転まで下げないと。
 「まあ、私の志望動機は恋愛するためかな。まあ、偏差値がちょうど良かったのもあるけど」
 「恋愛って......。あのさ、間違っていたら、その、あれなんだけどさ......」
 悠が驚いたように、そして、答えに辿り着いたみたい。
 答えは私が言った方が良さそう。
 「そうだよ、私は同性愛者」
 正式には女性同性愛者。
 体と心の性は女性で性的指向も女性。
 小さい時から女の人が好きだった。
 初恋も今まで良いなって思ったのは全員女性だった。
 それまで気にしたことなかったけど、自分が変だと感じたのは小学性の時だった。
 たまたま恋バナをしていて、○○くんが好きって言っている女子がいた。
 他にもいろんな人が出てきたけど、全員が男子の名前。
 その時、初めて恋愛対象が女である私は普通ではないと知った。
 そのこと同時に私という存在は普通ではないことをを自覚してしまった。
 異端者のような自分のこれから進む道が一瞬で消えてどうしたらいいか分からなくなった。
 それに、このことを知られた時の反応が怖くて仕方なかった。
 急に調子がおかしくなった私を両親は心配して病院に連れて行かれて検査などされた。
 その結果、私が同性愛者であることが発覚した。
   両親やカウンセリングで何度も励まされたが、私はみんなと違うんだと余計に思ってしまった。
 クラスの友達には調子が悪いことを隠して友達みたいに特に何とも思っていない男子の良いところを無理やり探して、話の話題を作った。
 いつも、男子の批評しかしない私がある日突然男子のことを話し出したせいで、何人かの人は私が同性愛者であることを察した。
 秘密にしていたことがばれて、教室を逃げ出した私に当時仲良かった友達が追いかけて来て『美来ちゃんは美来ちゃんだよ。ここには同じ人がいないんだって、ママが言ってた。みんなと違うのがきっと個性だよ!美来ちゃん、一緒に教室に戻ろ?』と言われた。
 みんなと違くても大丈夫なんだって安心したら、目から大粒の涙が出てきた。
 そんな私が泣いたまま教室に戻ったら、みんながなぐさめてくれたっけ。
 「おーい、美来」
 わ、びっくりした!
 そっか、久しぶりに小学校の思い出を振り返っていたんだっけ。
 「何?」
 「あ、いや、特にないけど何かぼうっとしていたから。でも、僕に言って良かったの?」
 「うーん、どうだろー。でも、悠もそれっぽいことを言っていたし」
 「え⁉言ってたけ」
 どうやら自覚がなかったっぽい。
 「うん、言ってた」
 「言っていたか......。クラスの人には言わないでくれる?」
 「もちろん、言わないし、後、私のことも言わないでくれる?」
 言うつもりだけど、これは自分から言いたいな。
 「分かった。二人だけの約束」
 小指を絡めて、懐かしの指切りをする。
 久しぶりだな。
 約束破るとハリ千本飲まされるんだっけ。
 一度も飲んだことないけど。
 ふと窓の外を見ると、もう日が落ちて月が出ている。
 「そろそろ帰ろっか」
 「一緒に帰らない?途中までだけど」
 「いいよ。ちょっと待って」
 机の上に散らかっている睦のノートと自分のノートと教科書などをリュックに突っ込む。
 明日の準備とかで片付けるし、テキトーでいっか。
 「そんなに慌てなくても待ってるよ」
 支度をとっくに終わらせていた悠が苦笑する。
 人を待たせて、ゆっくり準備するのは気が引けるからね。
 「よし、帰ろっか」
 二人が出て誰もいなくなった教室は、月光に照らされていた。