あれからも何度か、ベッドの下に置きっぱなしにしていた物がなくなったり、時折小さな声が聞こえることがあった。
 もしかすると、僕の秘密基地には他にも出入りしている子が居るのかもしれない。

 それが小人や妖精なのか、はたまた幽霊なのかわからないけれど、僕は不思議と怖いとは思わずに、何としてもその正体を見破ってやろうと思った。
 だって、なくなった物はきっと、あの声の主が持って行ってしまったのだ。お菓子はもう食べられてしまったかも知れないけれど、読みかけの漫画はさすがに返して欲しかった。

「……よし! こうなったら罠をしかけよう!」

 僕は謎の声の主を捕まえるために、そいつが気に入りそうな物を考えた。
 今までなくなった物を必死に思い出しながら、ノートにまとめていく。

 しょっぱいのよりも甘いお菓子。漫画雑誌より単行本。大きなオモチャより小さなミニカー。
 なくなるのは、片手で持てるような小さめの物が多かった。やはり犯人は、大きなものが盗めない小人か何かなんだろうか。

「あら、ひーくんお勉強? えらいわね」
「わっ、お母さん……うん、頑張ってるからあっち行ってて!」

 慌ててノートに覆い被さるようにして、覗き込もうとするお母さんを追い払う。けれど僕のそんな生意気な態度にも、お母さんは楽しそうに笑っていた。

「ふふ、はいはい。おやつのシュークリーム買ってきたから、これ食べて頑張ってね」
「わかった、ありがとう」

 お母さんが居なくなって、一息吐く。そしてお皿に乗ったシュークリームを見て、はっとした。
 これなら、きっと声の主も取りに来るはずだ。だって甘くて小さめで、何より今まで秘密基地に持ち込んだお菓子の中で、一番美味しそうなのだ。

「……」

 食べたい気持ちをたくさんたくさん我慢して、僕はシュークリームのお皿を持ってベッドの下に潜る。そしてちょうどいつも僕が居る位置にシュークリームを置いて、懐中電灯の光で見やすくした。

 物がなくなるのは、いつも僕が秘密基地から出ている時だった。僕はすぐにベッドの下から這い出て、床に伏せたままその暗がりを覗き込んだ。

 まっすぐ照らされたシュークリーム以外、外からだと何も見えない真っ暗闇。改めて見ると、今までこんな所に居たのかと、少しだけ背筋がぞくっとした。
 そして息を潜めて待っていると、しばらくして、シュークリームにそろりと伸びる白い手が見えた。

「……!」

 想像していた小人などではなく、レースのついた白い袖から覗く、僕と同じくらいの、子供の手。
 声を出しそうになるのを必死にこらえると、その小さな手は手探りするようにして何かを置いた後、シュークリームを鷲掴みにし、そのままゆっくりと引っ込んでいく。

 そしてその先の壁だったはずの場所に、暗闇の中光る穴があいているのが見えた。謎の手はそこから来ているのだ。
 僕はそれを見た瞬間、反射的にベッドの下に半身潜り、手を伸ばした。

「えっ!?」
「……え!?」

 逃げ切られる前にと、とっさにその手を掴む。すると向こう側から、驚いたような女の子の声がした。あの度々聞こえた小さな声と同じだった。
 お互いびっくりして、思わずその手がシュークリームを握り潰してしまい、二人して手や袖がクリームで汚れる。

「わあ……っ」
「あ、待っ……!」

 その隙に手は光の穴に引っ込んで、それと同時にすぐに穴も閉ざされてしまった。
 その後いくら確かめても壁に穴なんてなくて、懐中電灯の照らすお皿の上には、シュークリームの代わりに『この間のクッキーおいしかった』と書かれたメモと、アメ玉が一つ残されていた。


*******


 秘密基地から出ると、しばらくしてチャイムの音とお母さんの声が響く。呼ばれるまま玄関に行くと、お母さんは知らない女の人と話していた。

「ひーくん、ご近所に引っ越してきた向井さんよ。週明けから娘さんがひーくんと同じ学校に通うんですって。ほら、ご挨拶して」
「……こんにちは」

 そういえば、この間引っ越しの車を見た気がする。あれはちょうど、お菓子が消え始めた頃だ。

「愛想が悪くてすみません。息子の紘斗です。満莉ちゃんと同じ五年生で……って、ひーくん、また頭に埃つけて! もう、こんな格好でごめんなさいね。うちの子、何故かベッドの下に潜るのが好きで……」
「あらやだ、うちの満莉もなんですよ。女の子なのに、いくら言っても聞かなくて……」
「そうなんですか? ふふ。子供って、狭い所に入りたがるものなんですかね」

 男の子なのに女の子なのにと話すお母さんたちの後ろから、僕たちはそっと顔を出す。そしてお互いに、見覚えのある甘い香りのする袖へと視線を向けた。

「……僕の漫画、返せよ」
「……」
「女子でも、あの少年漫画、面白かったか?」
「うん……うちじゃ、ああいうの買ってもらえないから」
「そっか。……さっきのアメ、美味しかったからさ。またくれたら、続き貸す」
「……本当?」
「ん……この間のクッキーも、また持ってく」
「……! うん! あと……わたしの好きな絵本、読む?」

 一人で誰にも邪魔されずに、好きに過ごす秘密基地もいいけれど。きっと、こんな風に時々お互いの好きを貸し借りするのも悪くない。

「絵本? ……うん。おすすめなら、読んでみたい」
「本当に? お母さんには子供っぽいって言われるんだけど……でも、わたしの大好きな絵本なの」
「そっか……お母さんのことなんて、気にしなくていいじゃん。あそこは、自分だけの秘密基地だもんな!」
「……うん!」

 思わず声が大きくなって、はっとした彼女はクリームの甘い香りの残るレースの袖を口許にやり、人差し指を立てる。
 そして聞き慣れた小さな声で、くすくすと嬉しそうに笑って頷いた。

 こうして僕たちは、大人たちには聞こえないようにこっそりと、それぞれの秘密基地で僕たちだけの好きを持ち寄る、内緒の約束をしたのだった。