ベッドの下の隙間は、僕の秘密基地だった。
クラスの子はみんな、部屋の押し入れやクローゼットにこっそり懐中電灯やお菓子を持ち込んで『自分だけの秘密基地』にしてるって言っていたけれど、僕の部屋にはどっちもなくて、プラスチックの衣装ケースしかなかった。
そこで目を付けたのが、ベッドの下の空きスペースだ。
床にごろんと寝転んで、そのまま這って入るのがやっとの狭い空間。
お母さんには服に埃がつくからやめなさいって言われるけど、あの狭くてほんのり暗い空間は落ち着いたし、何より大人は絶対に入ってこられない、僕だけの秘密の空間なのだ。
「よし、探検出発!」
みんなのように懐中電灯を持ち込めば、暗い洞窟を探検する気分を味わえたし、お気に入りのお菓子を持ち込めば、そこはあっという間にパーティー会場だった。
漫画を読むのはベッドの上の方が明るくて見やすかったけれど、それでもベッドの下で寝転んで懐中電灯で照らして見る本は、いつもと違うわくわくを感じさせた。
何をするにも、秘密基地は僕にとって特別な場所だった。
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「ひーくん? お部屋に居るの?」
「な、なに?」
いつものように学校から帰ってくるなり秘密基地に潜り込み、夕飯の前にこっそりお菓子を食べていると、不意に廊下から近付いてくるお母さんの声がした。
慌てて秘密基地から這い出ると、ちょうどお母さんが部屋に入ってきた。
「あら。またベッドの下に潜ってたの? 頭に埃が付いてるわ」
「う……」
「いつも言ってるでしょう? そんなところ、汚いからあんまり潜るんじゃないの。男の子なんだから、どうせ汚れるならお外でみんなと遊べばいいのに……」
「……」
「そろそろご飯だから、手も汚れてるなら洗うのよ?」
「はぁい……」
お母さんが部屋から出て行って、ため息を吐く。この部屋には鍵がないから、お母さんは入り放題なのだ。
やっぱり、僕だけの場所は秘密基地しかない。確かに埃っぽくて、たまにくしゃみも出るけれど。みんなと外遊びするのも、別に嫌いではないけれど。
それでも僕は薄暗い秘密基地で一人でのんびりしている方が落ち着くし、お母さんのよく言う『男の子らしい』外で転げ回るようなわんぱくな子とは違うのだ。
クラスのみんなの秘密基地ブームが去っても、外遊びの方が主流になっても、スポーツが出来る子が格好いいなんて言われても、僕は一人で静かに漫画を読んだりお菓子を食べたりしている方が好きだった。
だから、自由でいられて、好きなことをしても誰にも見咎められない、僕だけの憩いの場を手放す気にはなれなかった。
「……あれ?」
ご飯に行く前に、食べかけのお菓子だけ回収しようと再びベッドの下に潜って、ふと気付く。
お母さんと話している間に、残りのお菓子がどこかに行ってしまった。確かに、まだ残っていたはずなのに。
「なんで……? まだあんなにあったのに」
狭いスペースのどこを探しても、お気に入りのスナック菓子は見当たらなかった。
「ひーくん! ご飯だって言ってるでしょ!?」
「うわあ!」
探している内に再びお母さんがやって来て、僕は驚いて、ベッドの底に強かに頭をぶつける。
その時、どこからか「くすくす」と小さな笑い声が聞こえた気がした。
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