お見合い当日、メイベルは仮病で寝込んだ。
様子を見に来た両親に、エルシーは言った。
「今日のお見合いは私が身代わりで出席します!」
「え?」
両親は顔をひきつらせた。
「いえ、使いをやって急病を知らせればいいだけなので……」
「遠慮しないで! きちんと私が代役を果たしますから!」
エルシーがあまりに言うので、メイベルの父、リーズ伯爵は断れなくなった。王女殿下に逆らうなど伯爵の分際ではできようもない。
気弱な彼は、結局は申し出を受け入れるのだった。
狩りは王都の隣、ランフォード伯爵の領地で行われることになっていた。山の麓に森があり、たくさんの動物が棲んでいるという。
張り切っているエルシーは城から二十頭の猟犬を連れて行った。名目上、仲のいい王女がメイベルに貸し出したことになっている。
良い天気だった。
春の暖かな青空が広がり、森の緑は陽光をきらきらと反射する。
その森の入口に一台の馬車が到着した。エルシーが馬車を降りると、周りからざわめきが漏れた。
エルシーが男性のような乗馬服だったからだ。シャツの襟もとにクラヴァットをつけ、ウェストコートを着ている。さらに前が短く後ろが長い赤いコート。ブリーチと呼ばれるズボンは鹿革製。それにブーツを合わせている。髪は結い上げずに後ろで一つに結ばれていた。
「なんてはしたない」
どこかからつぶやきが聞こえた。
乗馬自体が上流階級のもので、貴族なら馬に乗る女性は少なくない。が、女性は普通、乗馬でもスカートを着用する。上衣は男性と同じような上着と帽子が許されるが、下半身はスカートでなければならない。そうして横鞍を使い、馬に横乗りに乗るのだ。横乗り用のドレスも存在している。
「ようこそ、リース伯爵令嬢」
黒髪に紫の瞳の青年がお辞儀して出迎えてくれた。
「ありがとう。ランフォード卿はどちらかしら」
「おりますよ。私がローレンスです」
エルシーはきょとんとした。