「なぜ指笛を? まさか」
 アルフレッドが顔をあげると、犬たちが集団で走って来るのが見えた。
 ハーディをはじめとして大型犬が二人に飛びつく。衝撃でアルフレッドがエルシーから離れた。

「なぜ呼んだのですか!」
「……」
 答えず、エルシーは犬に紛れて逃げようとする。

「逃がしませんよ」
 アルフレッドはエルシーの腕をつかみ、ぐい、と引っ張った。

「ばう!」
 ハーディがじゃれついてとびかかる。

「あ!」
「危ない!」
 エルシーは倒れそうになり、アルフレッドが彼女を抱きかかえた。
 くるっと身を翻し、アルフレッドが下敷きになって芝生の中に倒れる。

「大丈夫!?」
 だが、アルフレッドはなにも答えない。瞳は閉じられ、ぴくりとも動かない。

「みんな、お座り!」
 騒ぐ犬たちを、エルシーは座らせた。
 アルフレッドはまだ動かない。頭を打ったのだろうか。

「すぐにお医者様を!」
「ダメですよ」
 起き上がろうとしたエルシーの腕を彼が掴み、引き寄せた。

「こういうときは姫君がキスをして目覚めさせるものです。そのために気絶のふりをしたのに」
「なによそれ! 心配したのに!」
 アルフレッドは体をくるっと入れ替え、エルシーを芝生に押し倒した。

「押し倒されるのもいいが、やはり男としては押し倒したいな」
「狼よりあなたのほうが危ないわ」
「心外です」
 抗議するエルシーの目に、くすくすと笑うアルフレッドの顔が視界いっぱいに映る。青空を背に、彼の笑顔がいっそうのことまばゆい。

「愛しています」
 彼の言葉に、胸がときめく。
 芝生の青い匂いが、よけいに胸をドキドキさせる気がした。

 彼の瞳が近付く。
 エルシーは目を閉じた。

 青空の下、イフェイオンはきらめきを増して咲き誇っていた。



* 終 *