メイベルはエルシーのムッとした様子に気付かずに続ける。
「私なんて、近々お見合いなんですよ」
「いいじゃない」
 年頃の令嬢がお見合いをするなんて普通のことだ。

 エルシーも来月のお見合いが決定している。見たこともない隣国の二十歳の王子だ。よほどのことがない限り、そのまま結婚が決まるだろう。国は弟が継ぐことが決まっている。
「良くないですよ。送られて来た絵姿を見たらすごい見た目なんですよ!」
 メイベルは不機嫌を隠そうともせずに言った。

「どんな?」
「一言で言うと、不細工です。デブでにきびがいっぱいで、髪は脂ぎってて、もう、なんと言っていいか。ブタの方がマシですよ」
「ちょっと言い方がひどすぎない? 絵姿が間違ってることもあるでしょ」

「殿下は見てないから呑気な事が言えるんです。絵姿なんてたいてい見た目を良くするじゃないですか。なのにそんなふうっていうことは、実物はどんなにひどいか」
 確かに、とエルシーは思う。ほとんどの肖像画は本物より美しく描かれていて、詐欺だと思ったことがある。

「あまりの不細工さに両親に見放されて一年の留学に出されたそうですよ。最近戻って来たとかで」
「そんな理由で留学っていくかなあ。断れないの?」

「あちらの母親がすごい乗り気で、うちの親は弱気だから断れないんです」
 断ればいいのに、としかエルシーには思えなかった。王女としてかしずかれる一方の彼女には、まだ貴族間の力関係などは漠然としていた。

「私の人生終わりました!」
 顔を両手で覆い、メイベルは嘆く。
 大袈裟な、と思う反面、同情した。一生をともに過ごすのだから、少しでも好感の持てる人を伴侶にしたいのはよくわかる。

 エルシーはまだ隣国の王子の姿を見たことがない。届いたはずの肖像は手違いで送り返され、再度送ってもらう途中だ。本人が会いに来るのとどちらが早いだろうか。

 結婚なんてしたくない。きっとそれは退屈だ。今みたいに犬たちともたわむれられないし、淑女らしくしないといけないのだろう。
「私が助けてあげる」
 エルシーが言うと、メイベルは顔を上げてきょとんと彼女を見た。

「私が身代わりになって、そのお見合いをぶち壊してあげる」
「ええ!?」
 メイベルは驚きで目を瞬かせた。

 エルシーはハーディの頭を撫でて立ち上がった。
 青い空には白い雲が浮かび、ただ悠然と風が流れて行った。