彼はどうして縁談を断ったのだろう。自分に……メイベルに好きだとささやいたのに。キスを奪ったのに。
 自分は、とため息をつく。

 どうして彼を好きになってしまったんだろう。
 紫の瞳が忘れられなくて、窓の外に目をやる。
 狩りの日と同じように青空が広がっている。
 だけど、彼は隣にいない。

 ゴーン、ゴーン、とどこからか鐘の音が聞こえて来た。
「いけませんわ。もうこんな時間。殿下、お着換えを」

「え?」
「おとぼけにならないでください。今日はウィステリア国の王太子がいらっしゃるんですよ」
「そうだった」

 憂鬱だ。
 ただでさえ、結婚などしたくなかった。

 なのに、今は。

 優しい夜が脳裏に焼き付いて離れない今は、なおさら結婚など考えられない。
 メイベルに言われるがままに着替える。ドレスは藤色だった。

「ウィステリアの王子殿下からの贈り物ですよ」
 メイベルはうきうきと着つけてくれた。
 紫は彼の瞳の色だ。
 エルシーはまた胸を締め付られた。気持ちは深く沈んでいく一方だった。



 謁見の間に続く控えの間で、国王とともに呼ばれるのを待った。
「国王陛下、王妃陛下、王女殿下、ご来臨!」
 声がかかり、両親が謁見の間へと進む。エルシーはとぼとぼとそれに続いた。

 二人の男性が頭を下げて(ひざまず)いていた。
 一人は茶色の髪で、一人は黒髪だった。
 ローレンスと同じ色だ、と胸が痛くなった。

「顔を上げよ」
 王の声で、二人は顔をあげた。
 エルシーは声をあげそうになり、必死に抑えた。

 黒髪の主は、ローレンスだった。
 どうしてここに。
 目が合うと、彼はにこっと笑った。