駆け抜けたローレンスが振り返ると、どう、とボスが倒れた。そのまま痙攣(けいれん)するように震え、ぱたりと足が投げ出された。

「やったか……」
 ローレンスは大きく息をついた。
「わおーん!」
 勝利宣言のようにハーディが遠吠えを響かせる。
 犬たちが輪唱のように次々と吠える。

 残りの狼たちは慌てて身を翻した。
 森の中へ、奥深くへと逃げていく。

「やった……勝ったのね」
 エルシーはローレンスに駆け寄った。
 ローレンスは剣を鞘に収め、彼女をぎゅっと抱きしめる。

「馬で飛び込むとは、勇敢なお姫様だ」
「お父様に自慢されたことがあるの。軍馬で敵をけちらしてやったって。そのときの敵は夜盗なのだけどね、真似したの。私がお転婆なのはきっとお父さまのせいだわ」
「メイベル嬢の御父君は文官なのでは?」
 エルシーははっとした。

「お父さまじゃなくて、別の人だったかも」
 慌てて取り繕う。
 ふ、とローレンスは笑った。
「どちらでもいいな。あなたには助けられた」
 紫の瞳で優しみ見つめられ、エルシーはとっさに目をそらし、体を離した。

「助けてくれたのはこのこたちだわ」
 ハーディたちが体を寄せて来た。
「みんな……ありがとう」
 エルシーはしゃがみこみ、ハーディに頬を寄せた。ほかの犬たちも順番にねぎらい、頭を撫でる。

「私もがんばったんだけどな」
 月を背に立つ彼は、疲れ果て、なのに爽快そうに微笑した。
 エルシーは立ち上がった。

「ありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
「ご褒美にキスをいただいても?」
 いたずらっぽく、彼が笑う。
「キスって」
 エルシーはためらう。