「急にこいつらが走り出すから、殿下が呼んだんだと思いましたよ」
 犬を世話している男だった。人の良さそうな笑顔を浮かべている。
「こいつら、殿下のことをリーダーだと思ってますよ」
「そうかな」
「そうですよ」
 彼は笑った。彼は確認しに来ただけだったので、すぐに立ち去った。エルシーの元なら安全は確保されているから。

「指笛で犬を呼ぶなんて」
 メイベルはまだぶちぶちと言う。
「私、上手いのよ」
 エルシーは指笛でメロディを奏で始めた。犬たちがそれに合わせて遠吠えを始める。

「うるさいです、やめてください!」
「うるさいって言われた」
 エルシーはがっくりと肩を落とす。
「犬の遠吠えが、ですよ」
「指笛はいいのね」
 とたんにエルシーは明るさを取り戻す。

「まったく。王女が犬なんか従えてどうするんですか」
「かわいいじゃない」
 ハーディの頭を撫でながら答える。

 ハーディーの横にはスコティッシュ・ディアハウンドのコーレイがいた。ハーディよりひとまわり大きい。耳はこちらも垂れていて、毛はきめが粗くもさもさして見える。ディアハウンドの名の通り、鹿狩り用の犬だ。
 エルシーはコーレイの頭も撫でる。

「ハーディ、コーレイ、リングウッド、ノーズワイズ、エイミアブル、それから……もう、みんないいこ! メイベルも撫でてあげて」
「大型の犬なんて怖くって近寄りたくありません。狼みたいじゃないですか」
「狼、いいわね。飼ってみたいわ」
「ああもう、殿下は本当に能天気でいらっしゃる」

 エルシーはかちんときてメイベルを見た。
 彼女はちょいちょい失礼で腹が立つ。悪気がないのはわかっているが。