エルシーは必死で矢をつがえ、威嚇した。
 だが、狼は挑発するように近付き、遠ざかり、エルシーたちを翻弄した。近付いた瞬間に矢を放つが、彼らは俊敏にそれをよける。まるで矢を無駄に消費させるのが目的かのようだ。

 その目論見通り、二人が持つ矢は減り、尽きた。
 エルシーは動揺したが、ローレンスは素早く剣を抜く。
「落ち着け。あちらはこちらが疲れるのを待っている」
 ローレンスは言う。

 にらみあって、どれほどの時間が過ぎただろう。
 エルシーは疲労を隠せなくなってきていた。

 彼がいなければ自分などとうに彼らの腹におさまっていただろう。
 彼の気力はいつまで続くだろうか。
 このままでは二人とも食べられてしまう。いや、その前に彼の愛馬が、彼自身の手によって殺されてしまう。そんなの、馬にとっても彼にとっても一生の心の傷だ。

 さきほどの遠吠えの主は、なかなか現れなかった。
 だが、それでもこちらの劣勢は変わらない。

 いつしか霧が晴れ、雲が切れ始めた。満ちた月が顔を覗かせ、煌々(こうこう)と地上を照らす。
 そのせいで、よけいに狼の姿がくっきり見えた。
 あいかわらず目はぎらつき、こちらを見ている。

「もう無理だ」
「大丈夫よ」
「あなたが限界だ」
 ローレンスは言い、じりじりと後退して馬に寄る。狼に背を向けないようにしながら。

「許せ」
 言って、馬に剣を向ける。
「いや、許さなくていい。お前の命の対価、一生、抱えていく」
 ローレンスの声には覚悟があった。

 エルシーはとっさに彼の前に出る。
「ダメよ!」
「どけ。生きるためだ」
「嫌!」
 エルシーは馬の首にしがみついた。

 狼が動く気配がして、ローレンスはそちらに殺気を向ける。
 狼が止まった。が、いつでもとびかかれるようにその姿勢は低い。

 あおーん!
 再び、遠吠えが聞こえた。さきほどより近い。