エルシーは指で輪を作り、指笛を吹いた。
 ぴー! と甲高い音が響く。
 ぴくり、と狼が反応した。

 エルシーは何度も繰り返す。
 狼は音が気になるようだが、そのまま低く姿勢を構え、うなる。
「その程度ではこいつらを懐柔できませんよ」
 ローレンスが言う。

「そうね。だけど」
 なにかを言いかけたとき、おおーん、と遠吠えが聞こえた。
「やつらの仲間か」
 ローレンスは青ざめた。
 エルシーもまた青ざめた。

 指笛で、ほかの狼を呼び寄せることになってしまったかもしれない。
「ごめん……」
 エルシーは謝った。謝ってもどうにかできるものではなかったけれど。

「私がなんとかする。この馬で、あなただけでも逃げろ」
 ローレンスが言う。

「二人で逃げましょう」
「無理だ。それでは速度が出せずに追いつかれる」
「なら、行かないわ」
「だが」
「私を卑怯者にさせないで」
 ローレンスは顔を苦渋にゆがめる。

「では、仲間が来る前に馬をこいつらに与えよう。その隙に逃げられる」
 ローレンスが言い、エルシーは驚いて彼を見た。
 彼は油断なく狼を見ている。その顔には疲労が浮かんでいた。

「ダメよ、あなたの愛馬でしょう?」
「しかし、あなたの命には代えられない」
「ダメ、後悔するわ。きっとなんとかなるわよ」
 愛する存在を斬らせるなんて、そんなこと絶対にさせてはならない。エルシーはそう思った。

「……では、まだしばらくは耐えてみせよう。だが、いざとなったらあなたがなんと言おうとやる」
「わかったわ」
 エルシーはまた弓に矢をつがえた。