エルシーは必死に狙いをつけて、放った。
 風を切って飛んだそれは、やはり避けられて地面に突き刺さる。
 だが、狼は警戒して近付いてこない。
 緊迫した空気に耐えられなかったのは、エルシーの馬だった。

 大きくいななき、急に駆け出そうとする。
「落ち着いて!」
 必死に手綱を引くが、言うことを聞かない。狼に向かって走り出した。

 ローレンスが狼の群れに矢を放つ。
 狼が避けて、エルシーはまだ襲われずに済んだ。

 だが、馬は暴れる。
 とっさにエルシーは飛び降りた。
 けっこうな衝撃が足に来たが、落馬するよりマシだ、と必死に体を起こす。
 馬は森の中に逃げて行った。

 狼は馬を追わず、留まる。
 わかっているのだ。のろまな人間の方が狩りやすい、と。

 一頭がエルシーにとびかかる。
 ローレンスは馬を駆り、飛び降りざまに一刀で斬り捨てた。

 どさ、と音を立てて狼は倒れる。しばらくもがいて、血を大量に流して死んだ。 
 狼の唸り声が一段と大きくなった。仲間を斬られて怒ったようだった。

 ローレンスの馬は軍馬だ。うなり声にも落ち着き、彼の傍に寄りそう。
 群れの一部はエルシーを見て、彼の隙を伺っている。エルシーのほうが弱いと向こうもわかっているのだ。
 ひときわ大きな狼は、全体を見張るように後ろに控え続けている。

「あいつがボスよね。あいつを倒せば、もしかしたら」
「そうですね」
 ローレンスはうなずく。

 彼もまたわかっているのだ。だが、ボスは狼に囲まれて狙えない。かといってほかの狼を狙えば、その間にエルシーがやられる。

 こんなに狼が怖いなんて、とエルシーは震えた。犬に似ていると聞いて、犬と大差ないと思っていた。自分が見ているのは飼いならされたものばかりで野犬すら見たことないというのに。

「犬……」
 エルシーははっとした。
 犬は鼻だけではなく耳がいい。
 もしかして。