森の中、二人で馬を走らせた。次第に霧が出てきて、見通しが悪くなる。
 暗い森が全体的に薄白くなった。疲れもあり、馬の足が鈍る。
 それでも狼に追いつかれないように夢中で走らせていた。だから気が付くのが遅れた。

「危ない!」
 横から伸びたローレンスの手がエルシーの馬の手綱を引き、止まらせる。
 切り立った崖が、壁のように二人の前にそびえていた。

 馬首を巡らすが、もう狼たちに囲まれている。頭数が増えていた。十頭以上いる。ぎらぎらした目が無感情に自分たちを見据え、うなり声を上げる口からは鋭い牙が覗いている。

 毛は確かにふさふさしていたが、まったくかわいくは感じられなかった。体高は城にいた大型犬よりも高く、一言で言えば大きい。全長はがたいのいい男性ほどあり、体重はおそらく自分より重いだろう。あんなのに襲われたらひとたまりもない。それが一頭でも怖いのに、十頭以上もいるなんて。

 特に、とその奥にいる一頭を見る。
 ひときわ大きい狼がいた。熊のように大きい。熊は父が狩りで仕留めて自慢げに見せられたことがあるから知っている。

「そんな……」
 エルシーは絶望に声を漏らした。
「あきらめるな。矢をつがえて」
 ローレンスは言い、自身も弓矢を構える。

 エルシーは震える手で矢を持ち、弓を引いた。
 震えるせいか、うまく狙いが定まらない。
 狼を飼いたい、なんて笑ったことをふいに思い出した。
 今目の前にいる狼たちは獰猛(どうもう)に目を見開き、こちらを見据えている。はあはあと荒い呼吸は、これからのごちそうに興奮しているように見える。そのごちそうこそが自分なのだと、背に震えが走った。

「私の犬に好かれるタチが裏目に出たな」
 ローレンスは緊張をほぐそうとしてくれている。察して、エルシーは勇気を奮い起こした。
「あら、私のほうが好かれてるのよ」
「……その調子です」
 ローレンスは不敵に笑った。

 ひゅん、と音がして矢が飛んだ。ローレンスが放った矢は、すんでのところで避けられて地に突き刺さった。
「思ったより俊敏だな」
 次の矢をつがえながら、彼は言う。