なんであんなことするの。
 エルシーは両ひざを抱えて、顔をうずめた。
 彼の唇は温かくて、優しかった。
 男性の唇も柔らかいのだと、初めて知った。

 胸はナイフを刺されたように痛い。
 陽は沈み、焚火は小さくなりつつあった。
 何度目かわからないため息をこぼしたとき、ローレンスが歩いてくるのが見えた。

「雲行きが怪しくなってきました。移動しましょう」
 見上げると、空はどんよりと暗かった。
「わかったわ」
 エルシーは立ち上がり、ぱんぱんと服を払った。
 


 火の始末をして馬に乗り、移動しようとしたときだった。
 ぐるる、と唸り声が聞こえた。
「まさか」
 エルシーはローレンスを見た。彼は険しい顔で森を見る。
 唸り声の主の姿はまだ見えない。

「兎の血の臭いで寄って来たのかもしれません。迂闊(うかつ)でした」
「そんなこと言ってる場合じゃないわ。早く逃げなくちゃ」
 エルシーは馬に拍車を当てた。
「動くな!」
 ローレンスが止めるが、もう遅い。

 走り出したエルシーに、仕方なくローレンスは並ぶ。
「狼は走るものを追う習性がある。追われるぞ」
 ローレンスの口調が荒れた。

「そうなの!?」
 振り返ると、数頭の狼が彼女らを追っていた。

 やっつけなくちゃ。
 そう思うが、エルシーが持つ武器は弓矢だけだし、それを射るには止まらなくてはならない。
 ローレンスは剣を持っているが、どの程度使えるのか。