「ああ、逃げられた!」
 鹿を見失い、エルシーは嘆息した。
「残念でしたね」
 彼女に追いついたローレンスが言う。

「あと少しだったけど、この子に無理をさせたくないし」
 エルシーはぽんぽんと馬の首を叩いた。ぶるる、と馬が鼻を鳴らした。
「帰りましょうか。犬たちには帰ってから別のご褒美をあげましょう」
「そうね」
 答えてから、エルシーは困惑してローレンスを見る。

「どっちへ向かえばいいのかしら」
「さて……」
 ローレンスもまた、困惑して周囲を見回す。
「私たち、迷ったの……?」
「そのようですね」
 ローレンスは空を見上げて言った。

 森の木々は高く伸び、日差しを遮って昼間なのに薄暗い。
 ふいに、カラスがぎゃあぎゃあと鳴きながら飛び立った。
「気味が悪いわ」
 エルシーは体をぶるっと震わせた。



 焦る必要はありません、とローレンスは落ち着いた様子で言った。
「はぐれたのは向こうもわかっています。探してくれていますよ。焦らず待ちましょう」
 そう言って、馬から降りる。
「少し、歩きませんか?」
 エルシーはうなずいて、馬から降りた。

 馬の手綱を引いて二人で歩く。
 森はすぐに開け、日の差し込む泉にたどりついた。ほとりには花が咲き乱れている。青い草に白い星を散りばめたかのようだ。甘い香りが漂い、蝶が舞っていた。

「イフェイオンだわ」
「この国の名前になっている花ですね」
「国を統一した初代が国名につけたの。戦争のない、花があふれる国になりますように、って。きれいよね」

「あなたの美しさには及びません」
 エルシーは驚いて彼を見た。