卒業式まであと二週間。
 三年生は視聴覚室で卒業アルバム作りをしていた。
 三人で協力して、行事ごとに担当を決めて、パソコンで写真の編集をしていた。
 三年間の写真を編集するのは大変だが、懐かしい写真を見返すと、色んな思い出が蘇ってくる。
 作業していると、明日香ときらりが私達の元へやってきた。

「卒アル作り中、失礼しまーす。ちょっとお時間良いですか?」

 明日香が妙な笑顔で話し掛けてきた。
 何か企んでいる感じがビンビン伝わってくる。

「なーにー?」

 千秋が聞き返してた。

「ちょっと聞きたいことがあるんですけどー。入学式の時の話を聞かせて欲しくて。何か面白いエピソードとかありましたか?」
「入学式で面白いエピソードってあったっけ?」

 私はしばらく考えた。

「あったよ! ヒドいエピソードが!」

 千秋は心当たりがあるらしい。

「なんだっけ?」

 ふーも思い出せないらしい。
 私も全く心当たりが無い。

「あんた達、遅刻してきたじゃん!」
「あぁー……。そんな事もあったわ」
「いやいや……。うち、当時の担任の先生に逆ギレされたんだからね! 『なんであの子達来ないの!?』ってね! うち、タジタジだったんだから!」

 言われてみれば、そんなこともあった。
 ふーは時間を間違えて遅刻。
 私は、入学式のお便りを親にも見せず、自分も見ていなかったため、日付を知らずに遅刻したのであった。
 そんな事があったにも関わらず、私とふーは、すっかり忘れてしまっていた。

 明日香ときらりは、熱心に頷きながらメモを取っていた。
 こんな話を聞いて、何をする気なんだろう?

「ありがとうございます! またちょこちょこ聞きに来るかもしれませんが、その時はご協力のほどよろしくです! では、失礼します!」

 そう言って、二人は教室に戻って行った。

「なんだったんだ?」
「さぁー?」

 私達三人は顔を見合わせ、首を傾げた。
 そして、卒業アルバム作りを再開したのであった。
 そして数日後。
 三年生を送る会の日がやってきた。
 私達は、音楽室の扉の前に整列していた。

「あー、とうとうこの日かー。どんな出し物用意してるんだろう? 楽しみー!」
 
 ふーはワクワクしていた。

「でもなんか、照れくさいよな」

 私はこういうのが苦手だ。

「うちもー。二年生、頑張って準備してくれたようだから楽しもう!」

 千秋がそう言うと、音楽室の扉が開いた。
 見ると明日香がいた。

「三年生のみなさん、これから三年生を送る会を始めます。中で合図があるので、合図に合わせて扉を開けます。そしたら、入場してきて下さいね。とりあえずこれ、肩に掛けて下さい」

 明日香から襷を手渡された。襷には『今日の主役!』と書いてあった。
 渋々襷を肩に掛けて準備を終えると、扉が開いた。
 入場すると、二年生と先生方が拍手で出迎えてくれた。
 案内された席に座ると、きらりの進行で会が進んだ。

「これより、三年生を送る会を始めます。生徒会長挨拶」
「はい」

 明日香が私達の前に立った。

「三年生のみなさん。いよいよあと八日で卒業式ですね。三年生のみなさんとは保育園の頃から共に遊び、共に学んできました。今までの感謝の気持ちを込めて、出し物を考えてきましたので、今日は楽しんでいって下さい」

 明日香の挨拶が終わった。

「では早速、出し物の準備を始めます。準備をするので少々お待ち下さい」

 二年生はバタバタと準備を始めた。
 まもなくすると、靖郎が合図を出した。

「それでは始めます!」

 淳のナレーションから寸劇が始まった。

「二年前の四月、大きな期待と不安を抱きながらこの姫乃森中学校に入学してきた三年生のみなさん。あの頃のことを覚えていますか?」

「みんな遅いな~」
 
 千秋役は明日香がやっている。

「遅すぎる!」

 当時の担任の先生役はナレーションの淳がやっている。

「こんにちわー」

 ふー役はきらり、私の役は靖郎がやっているようだ。

「遅い!何してたの!」
「時間見てなかったー」
「日にち見てなかったー」

 そのやる気のない演技に、思わず吹き出してしまう。
 ふーや千秋もゲラゲラと笑っていた。

「遅いですよ! 早く花をつけなさい!」
「すみません!」
「こうして、遅刻から始まった入学式」

 思い出すと、酷いスタートだったなあ。

「中学校に入学して色んな経験をしてきました。部活動、太鼓、三人だけの修学旅行……」

 寸劇の中で、ボート教室や部活動、修学旅行の再現を見ていると、濃厚な中学校生活だったなと思いふけてしまった。
 姫乃森中学校だからこそ、この少人数だからこそ経験できたことが沢山あったと思った。

 最後、二年生全員から「ありがとうございました!」と挨拶をされた。
 私達は拍手を送った。
 次に内藤先生が作ったスライド写真ショーが披露された。

「二年生の寸劇もありましたが、写真から三年間を振り返ってみて下さい。ちなみにこれ、卒業式でも流すから」
「えぇー!」

 まさかのカミングアウト。
 私達のブーイングをよそに、スライドショーが始まった。
 入学式から運動会、修学旅行、ボート教室、文化祭、授業風景など沢山の写真が披露された。
 懐かしい写真に見入ってしまう。
 同時に、これを親に見られるのかと思うと、こっ恥ずかしくなった。
 スライドショーが終わると再び、きらりの進行に戻った。

「それでは最後に、三年生のみなさんは真ん中にある、くす玉の所まで移動して下さい」

 なかなか大きなくす玉が天井から吊るされている。
 完成するまでに、どのくらいの時間がかかったんだろうと思うほどの立派なくす玉だ。
 私達三人はくす玉の下まで移動した。

「ではでは、お三方。くす玉の紐を持って下さい。私がカウントダウンしますので、それに合わせて紐を引いて下さいね。それでは!」

 きらりの合図で全員でカウントダウンが始まった。

「三! 二! 一!」

 カウントダウンに合わせて私達は思いっきり紐を引いた。
 すると、「ブチッ」と鈍い音が聞こえた。
 なんか手元が軽い。
 私達の手には千切れた紐があった。

 上を見ると金色のくす玉が、まるでミラーボールのようにクルクルと回っていた。
 全員、時間が止まったかのように動きと表情が固まった。
 しばらくして、内藤先生が、音楽室の掃除用具が入っているロッカーからモップを取り出してきた。

 内藤先生がモップの柄の部分でくす玉を何度かつっつくと、パカッと開き、大量の紙吹雪と垂れ幕が真下にいた私達三人にめがけて落ちてきた。
 私達はダイレクトに大量の紙吹雪を頭からかぶってしまった。
 一瞬、何かの罰ゲームに感じてしまった。

「おっ……おぉー……」

 くす玉が見事に割れると、気の抜けた歓声とまばらな拍手が聞こえてきた。

「ギャァーーーーー!!!」

 千秋とふーは慌てて紙吹雪を払っている。

「なんだこれー……。あれ? なっつ?」

 千秋は私のことを探した。
 隣にいるのに……。

「あんたらの真ん中にいる!」

 紙吹雪に埋もれたうえ、垂れ幕に隠れてしまって見えなくなっていた。
 千秋とふーは慌てて私にかかった紙吹雪を払ってくれた。
 払い終わると、無表情の私が出てきた。

「探すな! ずっと隣にいただろ!」
「だってあんた、小さくて余計見えなかったんだもん!」
「お前、保育園からの付き合いだろ! 分かるだろ! 察しろよ!」
「まぁーまぁー」

 私と千秋が言い合っていると、ふーがなだめてきた。
 垂れ幕をよく見ると、「今までありがとうございました! 卒業おめでとう!」の文字が書いてあった。
 卒業……。
 身の引き締まる言葉に息を呑んだ。

「最後にエールを三年生のみなさんに送りたいと思います」

 靖郎と淳を先頭に一人ずつにエールを送ってくれた。

「フレー! フレー! 千秋さん! フレーフレー千秋さん! フレーフレー千秋さん! オー!」
「ファイトー! ファイトー! 冬美さん! ファイトファイト冬美さん! ファイトファイト冬美さん! オー!」
「ガンバー! ガンバー! 夏希さん! ガンバガンバ夏希さん! ガンバガンバ夏希さん! オー!」

 私達は「ありがとう」と言いながら拍手を送った。

「それでは、三年生から一言お願いします」
「んじゃー、元生徒会長よろ!」
「よろよろ~」

 私とふーは千秋に、三年生代表で挨拶を任せた。

「元生徒会長をいつまでも引っ張るな! まぁ……良いけど」

 面倒くさそうだけど、千秋はまんざらでもなさそうだ。
 進んで代表の挨拶を引き受けてくれた。

「三年生を代表して私から挨拶させていただきます。本日はこのような素敵な会を開いて下さり、ありがとうございました。あと一週間ほどで卒業式があります。最後の卒業生として気を引き締めて、残り少ない中学校生活を過ごしたいと思います。卒業式では私達はもちろん、二年生のみんなも最後の卒業生の一人です。みんな元気に卒業式を迎えられるようにしましょう。今日は本当にありがとうございました」

 こうして、三年生を送る会は大成功(?)に終わったのであった。

「じゃー、後片付けするか」

 二年生達がそう言うと、みんなで片付けを始めた。
 なぜか、三年生も一緒になって床に散らかった紙吹雪や机、椅子などを片付けさせられた。片付けが終わる頃、内藤先生が気づいた。

「あれ? 三年生、退場してない……」

 内藤先生の言葉に二年生達がハッとした。

「三年生、出てって!」

 二年生達が慌てて私達を廊下まで押し出してきた。

「はっ!? ここまで手伝わせておいて、扱い雑っ!」

 私達は文句を言うも、二年生達から「早く出ていって! 教室戻って!」と言われながら、扉の方まで押されていった。
 廊下に出ると二年生達が、

「はい! お疲れさまでしたッ! さようならッ!」

 と言って、扉をバンッ! と思いっきり締めた。

「あいつら、小さい頃から全然変わってないなー」

 私がフッと笑いながら言うと、千秋とふーも

「そうだねー」

 と笑いながら頷いていた。
 音楽室をあとにし、私達三人は教室へと戻って行ったのであった。
 三年生を送る会の翌日。
 私達は卒業式の準備のためホームルームで、川村先生から説明を受けていた。

「んじゃー、このホームルームが終わったら会場準備のために体育館に移動します。内容はさっき言った通り、紅白幕を壁に飾る作業、机と椅子の設置、ステージ上の準備、太鼓のセッティングです。時間が余ったら、卒業式の練習もちょっとできれば良いなぁー」

 毎年、卒業式の準備は先生方と協力して全校生徒で行う。

「説明は以上! 分からないことがあったら、その都度聞いてくださーい。では、体育館で待っててねー」

 そう言うと、川村先生は職員室へと戻って行った。
 体育館へ移動しながら、千秋に話し掛けた。

「千秋、門出の言葉の準備できてるの?」
「うん。緊張するー。あ、式の練習やるって言ってたから、一応、原稿も持ってきた」

 門出の言葉は、生徒会長をしていた千秋が担当する。

「卒業かぁー。来年からJKだよ、JK! あたし達!」

 ふーは変な顔で笑っている。

「ふー、高校生になっても中学生にしか見えないかもねー」
「そう言うなっつは、高校生になっても小学生にしか見えないよねー」
「ぬぅぅぅ?」
「ああん?」

 バチバチと視線で戦っていたら、千秋が割って入ってきた。

「あんた達、お互い様でしょ」

 千秋の鋭いツッコミに、私とふーはガックリと肩を落とした。
 体育館に着くと先生方が集まっている。
 まもなく、二年生達も体育館にやってきた。

「全員集まったね。んじゃー、早速準備に取りかかりましょう」

 川村先生の号令で、会場準備に取りかかった。

「なっつー、あたしらは小さいから机と椅子の設置しよー」
「そうだねー。ステージ上の準備と紅白幕は背の高い人達に任せよー」

 私とふーは机と椅子の設置を担当した。

「じゃー、この椅子全部使って指定の位置に椅子並べてね。椅子足りると思うけど」

 中野先生が教えてくれた。
 しかし、いくら来賓が来るとはいえ、椅子の数がやけに多すぎる。

「中野先生ー。椅子多すぎませんか? 足りるも何も、逆に余ると思いますけど」

 私は中野先生に問いかけた。

「えっ? そう?」
「はい。だって来賓と私達の親の分だけですよ?」
「あと、お客さんの席」
「お客さん? お客さんって誰ですか?」
「あれ? 川村先生から聞いてないの? 最後の卒業式だから姫乃森地区のコミュニティー会の方が広報に載せるために取材に来るし……。あと、地元のテレビ局や新聞記者も来るのよ?」
「えぇー!」

 相変わらずだけど、川村先生の連絡不足に呆れてしまう。
 中野先生の指示で、机と椅子を設置した。
 一時間程度で、式場全体の準備が終わる。
 私とふーは、川村先生にメディアの取材が入ることについて聞いていないと抗議した。
 その話を聞いた千秋が驚き、私達の話に加わってきた。

「ごめんごめん。忘れてた。まぁー、やることは例年通りで変わらないし大丈夫!」
「周りの目と人の多さが違います!」

 千秋が猛反発している。
 なにせ、門出の言葉を言う役割がある。
 当日は緊張がMAXになることであろう。

「んじゃー、準備も終わって時間も余ったし、緊張がほぐれるように式の練習をしよう!」

 ほんと、人の話を聞かない先生だ……。
 二年生も加わり、私達は式の練習を始めた。
 入退場の練習、卒業証書のもらい方、校歌と式歌の練習、門出の言葉と送る言葉の練習をした。
 贈る言葉は生徒会長の明日香がやることに決まっている。

 在校生も卒業式に出席するが、毎年見てきただけあって練習はバッチリ出来ていた。
 生徒だけは……。
 問題は川村先生であった。
 一番緊張しているのは川村先生であることを、この練習で知ることになった。

「姫乃森中学校卒業生。工藤夏希」

「せんせーい。私じゃないです。千秋です。五十音順ですよー」

「え? あっ……。小原冬美」

「先生! うちとふーの名前が混ざってます!」

「あっ……。あー。ちょっと待ってね……。ゴンッ! いってぇ~……」

 なんというテンパりよう……。
 終いにはマイクに頭をぶつけてしまっていた。
 そんな川村先生に、優しく落ち着いて教える内藤先生。
 心配そうに見守る中野先生。
 その様子を微笑みながら気楽に見ている校長先生。
 川村先生のドジっぷりに呆れる生徒達。
 生徒達のための練習のはずなのに、いつの間にか川村先生のための練習に変わってしまっていた。

「もう、帰っていいかな?」

 ふーは飽きてしまったようだ。

「いや、うちまだ門出の言葉の練習一回しかやってないし……。もう少し付き合おうよ」

 そう言いながら千秋は、ふーのことをなだめていた。

 私はこのまま授業時間が潰れてくれればいいなと思い、ボーとしていた。
 ボーとしている目の前には、ステージ上で国旗とともに校章が掲げられている。

 最後の卒業式。
 地元も注目するこの卒業式に最後の卒業生として出席できることを誇りに思う。
 そして、小さい頃から共にしてきた仲間と最高の思い出をつくる。
 そう思っていた。
 だから、頼むから、どうか変なハプニングは起こらずに、平和に卒業式が終わって欲しい……川村先生よ。

 気がつくと、チャイムが流れていた。
 川村先生はというと、赤ペンで卒業式の資料に教えてもらっている内容を黙々と書き込んでいた。

「チャイム鳴っちゃったねー」

 私がそう呟くと、中野先生が私達に話し掛けてきた。

「チャイムも鳴ったし、みんな教室に戻って良いわよ」
「はーい!」
「お尻いたーい」
「あー、疲れたー」

 各々、ブツブツ言いながら教室に戻って行った。
 そして、卒業式の日が翌日と迫ってきた。
「おはよー」

 下駄箱で靴を履き替えていると、ふーが声を掛けてきた。

「おはよー」
「いよいよ今日だね!」
「うん! 緊張するけど頑張ろうね!」
「そうだね」
「おはよー!」

 ふーと話していると、千秋が登校してきた。

「おはよー」

 三人揃って教室へと向かった。

「この教室とも今日までかぁー」

 ふーは席に座り、机にへばりつきながら話していた。
 私はふと思い出した。

「あっ。そういえばみんな、ちゃんと荷物持ち帰った?」
「とっくに。習字道具や教科書、過去に授業で作った作品。いっぱいありすぎて大変だったけど、なんとか持ち帰ったよー。あとは、卒アルだけだね」
「私もやっと昨日で、全部持ち帰ったよー。ふーは?」
「まだ」
「どのくらい残ってんの?」
「持ち帰ってない……」
「え?」

 私と千秋は唖然とした。
 スクールバス通いで全部の荷物を持ち帰るのに二週間かかったというのに……。

「でもね! 今日、お父さんが車持ってきてくれるから、荷物乗せてもらうんだー!」
「良かったね。じゃないと、大変だよー。いくらなんでも家が近いからとはいえ、なかなかの量だからねー」

 話し込んでいると、川村先生が教室に入ってきた。
 いつもはジャージの軽装姿が多い川村先生も、さすがに今日はスーツ姿だ。

「おはよーさん」
「おはようございます!」
「朝のホームルーム始めるよー」
「はーい」

 私達は席に着いた。

「今日は待ちに待った卒業式です! メディアの方や地域の方々も来ていますので、気を引き締めて式に臨むように!」
「せんせーい」
「なんだー? 千秋」
「待ちに待ったってなんですか? 遠足じゃないんですよー。先生こそ、頼みますよー」
「失礼な! あれから、内藤先生と一緒にガッツリ練習したんだからな! 大丈夫だって!」

 内藤先生、ドンマイ。
 私達三人は同じことを思ったのであった。

「じゃー、連絡路の入り口まで移動してねー」
「はーい」

 私達は教室を出た。
 連絡路の入り口まで行くと、コミュニティー会の会長さんが話し掛けてきた。

「よー、なっつー」
「どうもです」

 コミュニティー会の会長さんとは小さい頃からの顔馴染みである。
 そのため、私のことをあだ名で呼んでくるのだ。

「ちょっと取材してもいいか? 今度の広報に載せて姫乃森の全世帯に配るから」
「どうぞー。可愛く載せてね!」
「おう、任せろ。で、卒業にあたり、今の気持ちは?」
「三年間あっという間だったけど楽しかったです。姫乃森の学校で学べて良かったって感じ」
「ありがとさん。写真も撮らせてもらうからなー。んじゃ、またな。頑張れよー」
「はーい」

 取材を受け終わると、川村先生が来た。

「じゃー、体育館の入口まで行くぞー。出席番号順に並んでー」
「はーい」

 川村先生を先頭に千秋、ふー、私の順に並んで、移動した。
 体育館の入り口まで行き、合図があるまで待機した。
 連絡路から見える外の風景は雪で真っ白であった。
 田舎の三月はまだ雪が残っていて寒い。
 まもなくして、合図があったようで川村先生が私達の方に顔を向けた。

「始まるってー。練習通り堂々とね」
「はい!」

「卒業生入場」

 アナウンスが流れ、一人ずつ入り口で一礼し、席まで歩き出した。
 会場に入ると拍手で迎えられた。
 来賓は二十人ほどいるだろうか。
 お客様の席にも二十人ほどいた。
 報道の腕章をつけた人や、カメラを構えた人もいる。
 そして、二年生、先生方、三年生の両親。
 みんなに迎えられ、三年生全員揃うと、ステージに一礼し席に着席した。
 司会は、内藤先生だ。

「只今より、第七十回姫乃森中学校卒業証書授与式を挙行します。卒業証書授与」

 校長先生がステージに登壇した。
 司会席には川村先生が立った。

「卒業生。小原千秋」
「はい!」

 川村先生に呼名された千秋は返事をし、ステージ上に行き、校長先生から卒業証書を受け取った。

「加藤冬美」
「はい!」

 入れ違いにふーが呼名され、ふーもステージ上へ行った。

「工藤夏希」
「はい!」

 そして最後は私だ。
 姫乃森中学校最後の卒業証書を貰うだけあって、かなり緊張する。
 練習通りステージ上へ行き、校長先生の前に立った。
 校長先生の背後には、カメラを構えたメディアの人達が十人ほど待ち構えていた。
 最後の卒業生だけあって、卒業証書を貰う瞬間をカメラに納めたいのだろう。

「卒業証書。工藤夏希。あなたは、姫乃森中学校の全過程を終了したことをここに証する。おめでとう」
「ありがとうございます!」

 校長先生は微笑みながら私に卒業証書を手渡した。
 私が卒業証書に手をかけた。
 その瞬間だった。
 カシャ! カシャ! カシャ! カシャ!
 およそ十台はあろうカメラが一斉に連写をし、無数のフラッシュを思いっきり浴びた。
 千秋とふーの時より酷いフラッシュの光だ。
 校長先生が神々しく見える。
 というか、フラッシュが強すぎて校長先生の顔がよく見えない!

 私は卒業証書を受け取り、一礼した。
 フラッシュの光が目に残ってしまい、目がチカチカしていた。
 まともにフラッシュを見てしまったからだ。
 まばたきを何度もしながら、目を慣れさせようとした。
 しかし、なかなか治らず、反射的に涙が流れてきた。
 目が痛い!

 なんとか席に戻ると、千秋とふーが心配そうに私の方に視線を送っていた。
 違う……。
 違うんだ!
 卒業だからではない。
 カメラのフラッシュで目がおかしくなっただけだ……。
 しかし、式中であったため話せない。
 誤解を持たせたまま、式は進んでいく。

「校長式辞」
「千秋さん、冬美さん、夏希さん。卒業おめでとう。みなさんは最高学年として、最後の卒業生として、この姫乃森中学校を最後まで伝統を引き継ぎ、二年生のことを引っ張ってきてくれました。ありがとう、そしてお疲れさまでした。みなさんは、今日この姫乃森中学校を卒業しますが、この学校を卒業するのはみなさんだけではありません。後ろにいる四人の二年生のみなさんも卒業です。おめでとう。この姫乃森で学んだこと経験したことはかけがえのないものだと思います。大切にしてこれからの人生を歩んで下さいね。本当におめでとう!」

 校長先生の目には少し光るものが見えた。

「送る言葉。在校生代表、菅明日香」
「はい!」

 明日香が私達の前に立った。

「卒業生のみなさん。ご卒業おめでとうございます。三年生のみなさんから教えていただいたことは、新しい中学校に行っても忘れず大切にしていきたいと思います。みなさんの新しい門出をお祝いし、今後のご活躍をお祈りいたします」

 明日香の堂々とした式辞に感心した。

「門出の言葉。卒業生代表、小原千秋」
「はい」

 千秋の門出の言葉だ。
 緊張しているように見えるが、落ち着いた声で言い始めた。

「この度は、私達三人の卒業式のために沢山の方々にお集まりいただきましてありがとうございます。私達は来月からそれぞれの道を歩み始めます。この姫乃森中学校で学んだこと、最後の卒業生としての誇りを大切にしていきたいと思います」

 門出の言葉の後、校歌と式歌を歌った。
 この校歌を歌うのも閉校式の時だけかと思うと寂しくなった。

「卒業生退場」

 多くの拍手に見送られ、私達は来賓、親、二年生、先生方の前を通って出口に向かった。その時、二年生と先生方がハイタッチの手を出して待っていた。
 ハイタッチをしながら出口へ行き、会場を後にした。
 連絡路に出ると千秋とふー、川村先生もハイタッチの手を出していた。

「お疲れー!」

 私は三人とハイタッチをして言った。

「川村先生、練習のとき怪しかったから、本番はヒヤヒヤしていましたけど……。無事に終わって良かったです!」

 ふーが川村先生に言うと

「オレ、本番には強いから!」

 と威張って答えていた。

「さっ! まだこれからだよ! 急いで着替えよう!」

 千秋が慌てて言って、体育館へ戻って行った。

「そうだね! なっつ、急ごう!」
「うん!」

 私とふーも千秋の後を追って体育館に戻り、ステージ袖に入って行った。
 再びアナウンスが聞こえる。

「これにて、第一部卒業証書授与式を終わります。続きまして、第二部へと移ります。準備ができるまで、卒業生の三年間をまとめた写真のスライドショーを御覧ください」

 そうだ。
 姫乃森中学校の卒業式は一味違う……。
 それは、第二部が存在するということ。
 退場した私達は、ステージ袖へ急いで入った。
 そこには、二年生が太鼓の衣装に着替えている最中であった。

「いやぁ~ん。エッチ~!」

 靖朗と淳、明日香がふざけて言った。

「んなこと言ってる場合か! オレの衣装どこや!?」

 私はふざけている三人にツッコんだ。

「夏希さーん! 三年生の衣装まとめてここに置いてますよー」
「ありがとう、きらり!」
「なっつ、急いで! あのスライドショー、十分しかないから!」

 千秋が急いで着替えを始めながら言った。

「はいはい。分かってるってー」

 私も着替えを始めた。

「タイツめんどい!」

 ふーがイライラしながらタイツを脱いでいた。

「しょうがないよー。式の時はタイツ履かなきゃいけないんだから」

 千秋がふーの文句に答える。

「三年生、早く! スライドショー終わっちゃいますよ!」

 二年生達が焦らせてくる。

「分かってるって! 足袋履けば終わりだ! 二年生は整列して待ってて! てか、十分で着替えとか無理だし! 毎年なんて無茶振り!」

 三年生も文句を言いながらも準備を終えることが出来た。
 そして、スライドショーが終わる前に無事に整列をすることが出来た。
 姫乃森中学校は卒業式の後、第二部として太鼓演奏をする。
 これも伝統の一つだ。
 スライドショーが終わると、アナウンスが流れる。

「それでは、卒業生と在校生による太鼓演奏です」

 アナウンスを合図に、私達は太鼓が並ぶ所まで入場した。
 そして、私は部長として挨拶をした。

「式の最後は、私達の太鼓演奏で締めくくりたいと思います。また、閉校式、歓送迎会で演奏する機会はありますが、私達卒業生の三年間の思いを込めて、一生懸命演奏します。祭ばやし、天龍(てんりゅう)太鼓の二曲を演奏します。どうぞお聞き下さい」

 七人それぞれの音を一つに二曲叩き切った。
 悲しさ、寂しさはない。
 楽しく、たくましい演奏であった。
 演奏後にもらった拍手はとても嬉しくて身に染みて感じた。
 こうして、式の全てが終了した。
 再び、制服に着替えて、教室に戻った。

「あー、暑いー。汗かいたー!」

 私達はスカートを仰ぎながら川村先生が来るのを待っていた。

「てか、汗かく卒業式って姫乃森だけだろうねー」
「だろうね……」

 すると、メディアの人達が取材のため、教室に入ってきた。
 私達は慌ててスカートを仰ぐのを止めた。

「おっ……お疲れさまでーす」

 私達は苦笑いしながら挨拶をした。

「お疲れのところ申し訳ないけど取材良い?」
「はい、どーぞ」
「卒業式終わったけど、今の心境は?」
「暑いです!」

 三人声を合わせて答えた。

「だよねー……。太鼓叩いた後だもんねー」

 記者たちは私達の汗だくな姿を見て察したのか苦笑いしていた。

「三人はどこの高校に行くの?」
「あたしは県外の高専です!」
「すごいね! 名門校だね。お二人さんは?」

 その瞬間、私と千秋は無表情になって黙り込んだ。

「あれ……?」
「あぁ……。二人とも、明日が第一志望校の合格発表の日なんです。そっとしておいてあげてください」

 私と千秋の反応を見て察したふーは、記者たちに話してくれた。

「絶対に落ちてる……」
「明日なんて来なきゃ良い……」

 私と千秋はネガティブモードに入ってしまった。

「ごめんね、お二人さん……。ごめんなさい」

 こちらこそごめんなさい記者の方々……。
 でも、明日の合格発表は、喉から心臓が出るほどドキドキしているのだ。
 記者の取材に答えていると川村先生が教室に入ってきた。
 記者達は私達にお礼を言って退室して行った。

「んじゃー、最後のホームルームを始めまーす。とりあえず、おつかれー」

 最後の最後まで軽い先生だ。

「記念品配るねー」

 私達は、川村先生から記念品を受け取った。
 市からはファイル、PTAからはノート、学校からはハンコだった。
 ハンコは包んである袋を見ると『工藤』と印があったが、どんなものなのか気になり、中身を取り出した。
 赤いケースに入っているハンコだ。
 すると、ハンコには『加藤』と書いてあった。

「ねぇ、ふー。ハンコ、包から出してみ?」
「ん? 待ってねー……。あれ? 『小原』だ」

 やっぱり……。
 てか、私のハンコはどこだ?
 ふーが千秋に話し掛けた。

「ねー、千秋。ハンコ確認したほうが良いよ。なんかバラバラに配られているみたいよ?」
「えー! ……あっ、『工藤』だ」
「えっ!? なんで!? ちゃんと配ったはずなのにー」
「せんせ~い。ちゃんとしてよー」
「オレのせいじゃないって! 頼んだ店が間違えたんだって!」

 私達は呆れてしまっていた。
 最後の最後までグダグダだ。
 私達はハンコを取り替えて、席に戻った。

「では、気を取り直して……。改めて、卒業おめでとう。たった一年だけでしたが、みなさんと過ごせて楽しかったです。この学舎で得たものは社会に出てもきっと役に立ちます。これから辛いこと悲しいことたくさんあると思いますが、きっと乗り越えられると信じています。強く生きて下さい。三人が十年後、二十年後、どんなオバさんになっているか今から楽しみにしてるね!」

 ひでぇー!
 最後の最後にこのチャラ男、思春期の乙女たちに失礼なこと言いやがった!!!

「川村先生が、十年後、二十年後、どんなおじいちゃんになっているか今から楽しみにしていますね!」

 よくぞ言った、ふー!

「そうだね! あ、なっつ。川村先生がおじいちゃんになったら介護してあげなよー」

 千秋が私にふってきた。

「高齢者施設に入所するのであればねー」

 笑い話をしていると、外から何か聞こえてきた。
 窓を開けると、二年生が中庭に集まって、こちらに向かって叫んでいた。

「さんねんせーい! 早く出てこーい! 寒いんですけどー! いつまで待たせるんですかぁー!?」

 恒例の卒業生へのエールをするために、二年生と先生方が雪が積もる外で待っていたのだ。

「せんせーい。後輩達が、凍死する前に早く帰りのホームルーム終わらせて下さーい」

 千秋が言うと川村先生が物足りなさそうに

「えー。もう三時間くらいオレの最後の演説を聞かせようかと思ってたのに……」

 と、言っていた。

「いやいや……。二年生達、風邪ひいちゃいますよ」

 私がそう言うと、

「起立! 礼! さようなら!」

 と、ふーがハキハキと最後の挨拶の号令をかけた。
 私と千秋もふーの号令に続いて、

「さようならー!」

 と言い、一礼をした。
 そして、荷物を持って玄関まで走って出て行った。

「まったく……」

 川村先生が呆れながら呟いた。
 川村先生も私達の後を追って中庭まで向かった。

「おっそーい!」

 二年生達がブーブー言いながら出迎えた。

「川村先生の話が長いのが悪い! うちらのせいじゃないし!」

 千秋が威張って言っていた。

「さっさとやっちゃいますよー」

 靖朗と淳がそう言うと、エールを始めた。

「ファイトー! ファイトー! 卒業生! ファイトファイト、卒業生! ファイトファイト卒業生! オー! サンキュー! サンキュー! 卒業生! サンキューサンキュー、卒業生! サンキューサンキュー、卒業生! オォー!」
「はい! エールは以上です! さっさとアーチくぐって帰って下さい!」

 二年生達と先生達が手を掲げてアーチを作ってくれた。
 この雑な感じも、みんな幼少時の頃からの付き合いだからこそのことだ。
 私達はアーチをくぐって行った。
 二年生四人と先生四人の八人で作るアーチだ。
 代わる代わる人が入れ替えでアーチを繋いでくれている。
 なんと忙しいアーチだ。
 逆に申し訳ないと思ってしまった。

「ありがとー!」
「またねー」

 そう言いながら、私達三人は親が待つ車に向かった。
 すると、千秋が声を掛けてきた。

「ねー、なっつー、ふー。卒アル作り、卒業式の分残ってるよね?」
「そうだねー。明日土曜日だから、月曜日に学校に来なきゃだねー。なっつと千秋来れる?」
「うちはオッケイよー。なっつは?」
「私も大丈夫。どっちみち、閉校式の打ち合わせで学校に来なきゃいけないんだし」
「じゃー、月曜日に学校でまた」
「はーい」
「なっつと千秋は明日合格発表だよね? 気をつけて行ってきなよー」

 私は開き直りながら、

「はいはい。月曜日、楽しみにしててね。落ちてるから」

 と言った。

「こらこら」
「うちも落ちてるわー」
「千秋まで……。二人ともしっかりして!」

 明日は待ちに待っていない合格発表の日だ。
 今日は第一志望校の合格発表の日だ。
 私は母と一緒に志望校に来ていた。

「あんた、受験票持ってきた?」
「持ってきたよ。てか、今更聞かないでよ。忘れてきたら絶望だよ! また車で片道五十分かけて家まで取りに帰らなきゃいけないんだから!」
「そうよね。もうそろそろじゃない? 車から降りたら?」
「えー。やだー。人多すぎ! 人少なくなったら行くー」

 少人数の環境で育ったせいか、どうも人混みの中に入るのは苦手だ。
 私は合格番号の張り出されている掲示板のあたりから人が少なくなっていくのを車の中から監視していた。

「もういいんじゃない? さ、降りて降りて。先生も待ってるんだから。合否、学校に連絡しなきゃいけないんでしょ?」
「そうだけど……。まぁー、いいや。もう行こうか」

 そう言って、私と母は車から降りて、合格番号の張り出されている掲示板の所まで歩いて行った。

「あー、絶対無理だぁ~」
「情けない声出さないの。ほら、確認しちゃいなさい!」

 私の気持ちをよそに、母は私の背中をグイグイと押してきた。

「あった」
「ほんとに? ちゃんと確認したの?」
「うん、あった」
「どこ?」
「最後の番号」
「間違いない?」
「うん。だって、受験の時も私の受験番号最後だったから、最後の方を見ればすぐ分かると思って……」

 何気に数字を覚えるのが得意な私は、ひと目で自分の受験番号がどこにあるのか分かった。
 受験の時に自分の番号が最後の方に書かれていたことを覚えていたため、簡単に見つけることが出来たのだ。

「あっさりだったね」
「そうだね」
「おめでとう」
「あざーす」
「お姉ちゃんと同じ高校に合格できて良かったね。お母さんもお父さんも慣れた学校に送り迎えできるから、楽で良かったわ~」
「そりゃー、良かったねー」
「んじゃー、帰ろうか」
「うん」

 帰ろうとすると、どこかで見たことがある新聞記者を見つけた。

「ねー、お母さん。あの人、卒業式に来てた新聞記者の人だよ」
「そうなの? 話し掛けたら?」
「うん。ちょっと待っててね」

 私は新聞記者の人の元に駆け寄った。

「こんにちは!」
「あれ? 君は姫乃森の……。もしかして、合格発表見に来たの?」
「はい! 合格しました!」
「おめでとう! 昨日の様子とうって変わって清々しく見えるね。よかったねー」
「はい! もう、満足です」
「高校生活楽しみだね。千秋さんも今日が発表でしょ?」
「そうですね。明後日、会うのでその時に千秋の合否が分かると思います」
「そうかそうか。あの娘も、きっと合格してると思うよ。あ、そうそう。閉校式も取材に行くからよろしくね」
「分かりました。こちらこそ宜しくお願いします。では、失礼します」
「はーい。気をつけて帰ってねー」

 私は母と合流し、車に戻った。

「はい、学校に電話したら?」
「はいはい」

 私は母から携帯を受け取り、学校に電話した。

「プルル……プルル……。はい、姫乃森中学校です」

 内藤先生だ。

「あ、もしもし。工藤夏希です」
「あ、夏希? どうだった?」
「合格です」
「おめでとー! 今、千秋からも合格の連絡が来たばかりだったんだよー」
「そうなんですか、良かったです!」
「川村先生に代わるね」
「あ、はい」

 電話は内藤先生から川村先生に代わった。

「なつきぃー!!! おめで……プツッ……。プープー。」
「あれ? ……ん?」

 突然電話が切れた。
 携帯画面を見ると充電切れのマークが表示されていた。

「充電切れた……」
「あら。そういえば、充電少なかったのよねー。でも、大丈夫かなって思っていたから敢えて充電してこなかったんだけど……。もたなかったかー。家に帰って充電しないと。帰るわよ。あっ、お祝いになっつの好きなみたらし団子買って帰ろっか」
「やった!」

 まぁー、帰ってから家の電話でまた学校に電話すればいいか。
 私と母は高校を後にして私の大好物のみたらし団子を買いに行った。
 改めて学校に電話し、川村先生に携帯の充電が切れて途中で電話が切れてしまったことを謝罪した。

「お母さんの携帯からだったんだー。急に切れてびっくりしたよー。合格おめでとう。これでゆっくり出来るねー」
「はい、おかげさまで」
「次の登校日までゆっくり休んでねー。ではー」
「はーい。失礼しまーす」

 私は受話器を置いた。
 今日はゆっくり休もう。
 緊張がほぐれ、疲れがどっときて、身体が重くなってきた。
 この日、布団に入ってわずか三分後には眠りについたのであった。
 月曜日の午前中。
 私達は三人で協力して、卒業アルバムを完成させた。
 選びに選びぬいた写真を配置し、それぞれが書いた『将来の夢』という題の作文もアルバムに貼った。
 お互いの作文を読み合って笑ったり、懐かしい写真を見ては思い出話に花を咲かせたりして、時間がかかったけど楽しい一日だった。

「おーわりっとー。いや~、二人とも合格して良かったね!」
「ほんと、それー。絶対落ちてると思っていたからねー」
「うちら、頑張ったもんねー」

 こうして、無事に三人とも、第一志望校を合格することが出来たのであった。
 だがしかし、姫乃森中学校生としてやることがまだたくさん残っている……。

「もう少しで閉校式かぁ~」

 私は完成した卒業アルバムを見返しながら、寂しそうに呟くと、千秋が感慨深そうに言った。

「そう言えば、うちとなっつが、ふーと初めてあった時のこと覚えてる?」
「あぁ、覚えてるー。ふー、お母さんにしがみついて顔を隠してたよねー」

 私と千秋は、当時を思い出して大笑いした。
 ふーは、納得がいかないように唇を尖らせている。

 あれは、私達が小学校の頃のこと……。
 二年生に進級して間もない、四月下旬。
 当時の担任の先生に案内されたのは校長室であった。

 担任の先生から、ゴールデンウィーク明けに転校生が来ることを知らされた。
 こんな田舎に転校生が来るなんて、考えてもいなかった。
 ドラマや漫画の中の出来事であると、当時の私達は思っていた。
 ただでさえ、校長室に入ったことがないため、緊張しながら行ったのを今でも覚えている。

「失礼します……」

 私と千秋は担任の先生に促されながら、校長室に入った。
 そこには、校長先生と一人の女性がいた。

「こんにちは。はじめまして。加藤といいます。五月から宜しくおねがいします。ほら、ふーちゃん! ちゃんと挨拶して!」

 その女性は、ふーのお母さんであった。
 ふーのお母さんがそう言うと、背後から女の子が現れた。
 小さくて、おかっぱ頭のおとなしそうな子だった。

 その女の子の存在に、私も千秋も気づいていなかった。
 ほんわりとした穏やかなお母さんの後ろに、すっぽりと隠れていたからだ。
 そのため、女の子が現れた時はびっくりした。
 しかし、その女の子はチラッと私達のことを見るとすぐ、お母さんの背後に隠れてしまったのだ。

「ほら、ふーちゃん! 幼稚園児じゃないんだから、ちゃんと挨拶しなさい!」
「………」
「もう……。ごめんなさいね。この子は加藤冬美と言います。宜しくおねがいします。普段はこんな子じゃないんだけど、恥ずかしがっちゃって……」

 ふーのお母さんがしょうがなく、代わりに紹介してくれた。

「わたし、工藤夏希と言います……。宜しくおねがいします……」

 この頃の私は、人見知りが酷かったため、か細い声での自己紹介であった。

「私の名前は、小原千秋と言います! 宜しくお願いします!」

 千秋はハキハキとした子であったため、堂々と挨拶をした。
 しかし、私達が自己紹介をしても、ふーは私達の方を向いてくれなかった。

「冬美ちゃーん! よろしくねー!」
「ふ……冬美ちゃん……。よっ、よろしく……ね……」

 私も千秋に習って勇気を出してふーに声を掛けた。
 それでもふーは、お母さんの腕にしがみついていてこちらを向いてくれる気配はなかった。
 段々ふーが、コアラに見えてきた。

「ほんとに、ごめんなさいね。こんな子だけど、仲良くしてね」
「はい!」

 これが私と千秋、ふーの初めての出会いであった。
 今のふーを見てると、あの恥ずかしがりようが信じられない。

「だって、初めてで恥ずかしかったもん!」

 ふーが当時のことをそう振り返った。

「こっちは、ショックだったんだからね! どんなに声かけても、うんともすんとも言ってくれなかったし、顔も見せてくれなかったんだもん!」

 千秋がガミガミと言っていた。

「私は、あの頃、人見知りが酷かったのに勇気出して千秋と一緒に声かけてたなー。結局、ふーは最後まで私達に顔を見せてくれなかったもんねー」

 私がそう言うと、ふーが、

「ほんとごめんって! でも、今はこんなに仲良しになってるんだから、良いじゃん!」

 と、過去の恥ずかしい自分を忘れたいかのように言った。

「あたしのことばっかり言うけどさ、なっつだって全然喋んなかったじゃん!」
「しょうがねーだろ! 人見知りなんだから!」
「なっつの人見知りは、ほんと凄かったよね。小さい頃は、うちともあまり喋んなかったもんね~」
「知らない人、怖かったんだもん。人間不信的な~?」

 今となっては笑って話せるが、その頃はお互い気を使ってばかりだった。
 でも、ぎこちなかったのは最初だけで、一緒に過ごしていれば自然に喋るようになる。
 これといったきっかけがあったわけでもないが、いつの間にか仲良くなって、当たり前に過ごせるようになった。

 そして、ふーが転校して来て、三人の仲間になったからこそ今の自分達がいる。
 三人というのは、二対一に分かれてしまうことが多く、仲が悪くなりやすい人数だとよく言われている。
 しかし、私達三人は仲良しである。
 個性が強く、喧嘩をすることもあるが、いつも三人で協力してどんな困難も乗り越えてきた。
 まもなくそれぞれの道を歩むため、しばしの別れとなるが、私達はいつまでも親友であると、三人とも強く思っていたのであった。
 とうとうこの日がやってきた。
 教育委員会や市の職員をはじめ、OB、OG、地域の人達、メディアの人達で体育館を埋め尽くしている。
 人の多さに圧倒されながら、私達中学生は前列に着席して、式典開始の時間を待っていた。

「なっちゃん久しぶり~」

 振り向くとそこには、10歳上の姉の同級生達が私に声をかけてきた。

「こんにちわー」
「大きくなったねー。でも、やっぱ、ちっちゃくて可愛い!」

 小さいは余計だ。
 私は心の中でそう思った。

「春希、来てるー? 見当たらないんだけど……」
「姉は遠くに居て、子供も小さいから今日は来ないって……」
「そうなんだー。春希によろしくね。じゃー、またねー」
「はーい。どーもー」

 姉の同級生たちは席へ戻って行った。

「あー! 緊張するー!」

 そう言いながら明日香は、式典で述べる生徒代表挨拶の原稿を何度も読んでいた。

「なるようにしかならないよ。がんばー」
「きらり! 他人事みたいに言ってー……」
「生徒会長の最後の仕事だよ? しっかりねー」

 更に千秋がトドメを指すかのように明日香に言った。

「くそぉー!」

 明日香はやけくそになって、原稿をブツブツと小声で読みながら練習をしていた。

「まもなく式典開始の時間となりますので、ご着席願います」

 アナウンスが流れてきた。
 中野先生の声だ。
 女性の声だからだろうか。
 凄く落ち着いて聞こえ、聞き取りやすい。
 私達は身だしなみを整えてきちんと座り直した。

「それでは、これより姫乃森中学校閉校式を挙行いたします。校長式辞」

 校長先生がステージ上に登壇した。

「初めに、ご多忙の中、沢山の方々にこの姫乃森森中学校の閉校式にご出席賜りましてありがとうございます。残念ながら、この少子化により七十年の歴史を持って閉校という形になりましたが、みなさんの心の中にはいつまでも残っていくことでしょう。二年生のみなさん、来月から慣れない環境の中での学校生活が始まります。姫乃森中学校からも先生方が赴任するので、いつでも相談して下さい。そして、四人の仲間を大切にどんな困難も乗り越えて、最後の中学校生活を送って下さい。最後までこの学校で卒業させてあげられなくてごめんなさい」

 この校長先生の言葉に、二年生たちは泣きそうにしていた。
 あと一年だったのに、最後まで姫乃森中学校で過ごせなくて悔しかったのだろう。

「そして、三年生のみなさん。最後まで姫乃森中学校の伝統を引き継いで守り抜いてくれてありがとう。みなさんには最後の卒業生として、そして受験生としてのプレッシャーと戦いながらの一年間でご苦労をかけてしまったと思います。最後の卒業生らしく立派に卒業してくれてありがとう」

 なんか、校長先生の声が、涙声に変わっていっているようにも聞こえる。

「みなさんの今後のご活躍をお祈りするとともに、地域のみなさんをはじめ、ご臨席賜りましたみなさんにも感謝申し上げます。ありがとうございました」

 式辞が終わり、校長先生はステージから降壇した。

「生徒代表挨拶。生徒代表、菅明日香」
「はい」

 明日香はステージ上に登壇した。

「とうとう、この日を迎えることになりました。初めて閉校の話を聞いた時はとても信じられない気持ちでいっぱいでした。姫乃森中学校が無くなってしまうのはとても寂しいですが、この姫乃森中学校で学んだこと、楽しかった思い出は一生忘れません。人生の財産として、それぞれの道に進んでも活かしていきたいと思います。最後に姫乃森中学校にこの言葉を送ります。ありがとう! 姫乃森中学校!」

 最後の言葉は恥ずかしそうに言っていたが、立派な挨拶であったと思った。

「校章返還」

 ステージ上は町長と校長先生が登壇した。
 そして、校長先生の手から校章旗を町長へと手渡された。
 その瞬間、目頭が熱くなった。
 姫乃森中学校の歴史が終わった瞬間であった。
 いろんな思い出が蘇り、切なくなった。
 後方からは、すすり泣く声が聞こえた。
 みんな、この姫乃森中学校が大好きであったのだ。
 少人数だからこそ最高の友情が生まれ、最高の仲間に出会えた学校。
 保育園から中学校まで同じ仲間で過ごせる学校もそう多くないのだろうから……。

「校歌斉唱」

 この校歌を歌うのも今日で最後だ。
 歌い納めと聞き納めだ。
 私達は応援歌並みの大声で校歌を歌った。

「最後に蛍の光を歌って式典を閉じたいと思います」

 ん? 
 ほたるのひかり?
 私は隣りにいたふーに話し掛けた。

「ねぇ、ふー。私、蛍の光の歌詞知らないんだけど……」
「あたしもだよ! ねー、千秋。知ってる?」
「知らないよ! だって音楽の授業で歌詞覚えるくらい歌ってなかったし、卒業式の時だって歌わないじゃん! 最初の二節しか知らないよ!」

 すると、千秋の横に並んでいた二年生も歌詞を知らないと騒いでいた。

「よし! 鼻歌で誤魔化そう!」

 靖朗が自信満々で言った。

「そっそうだ! 鼻歌だ!」

 二年生達は変な団結を組んで言った。

「いやいや、取材のカメラを目の前にして鼻歌かよ! それは酷くね?」

 千秋がツッコんでいると後ろの席から、

「お前ら、蛍の光知らねーのか」

 と、声がした。
 後ろを向くとOBの人が私達の方を不思議そうに見ていた。

「お前ら、卒業式で何歌ってたんだ?」
「え? 校歌とその年に流行った卒業ソングです……」

 私はポカーンとしながら答えた。

「今の学校は蛍の光歌わねーのか。プログラムの後ろに歌詞書いてあるから、これ見て歌え」
「ありがとうございます! 助かります!」

 私はOBの人からプログラムを受け取り、千秋とふーと一緒に歌詞を見ることにした。
 二年生達も先輩達からプログラムを見せてもらっていた。
 私達は歌詞を顔見しながら、蛍の光を歌った。

「これにて、姫乃森中学校閉校式式典の一切を終了いたします。ありがとうございました」

 会場は盛大な拍手に包まれた。

「それでは、祝賀会にご出席の方々は会場までのバスをご用意しておりますので、ご移動お願いします」
「よし! 私達も移動するよ! 急げ!」
「うん!」

 私はみんなに声を掛け、祝賀会の会場である温泉施設へと移動を始めた。
 移動は、父兄の車に乗っていく。
 体育館を出ると川村先生が、私達に向かって叫ぶ。

「気をつけて来いよー! 会場で待ってるー!」

「はーい! 先生達もー!」
「夏希ー! 向こうでの指揮頼むー!」
「アイアイサー!」

 先生達は会場全体を仕切るため、私達のことまでは見きれない。
 詳しい打ち合わせは数日前には済ませている。
 私達は打ち合わせ通りに行動するだけだ。
 私達は荷物を持って駐車場で待っている父兄のもとへと走った。

「おーい! こっちー! 急げー! バス出る前に出発するぞー!」

 淳とふーのお父さんが車を準備して待っていてくれていた。
 二年生は淳のお父さんの車に、三年生はふーのお父さんの車に急いで乗車し、姫乃森中学校をあとにした。

「はあ! ギリギリセーフ! マジ疲れたー」
「危なかったねー。バス出発するまで秒の差だったよー」

 千秋とふーは息を切らしながら言った。

「ふーのお父さん、会場まで宜しくおねがいします」

 私はふーのお父さんに挨拶した。

「はーい。みんなお疲れ様。会場に着くまでゆっくりしててー」
「はーい」

 こうして、祝賀会の会場である温泉施設まで車で向かったのであった。
 私達は祝賀会の会場である温泉施設に着いた。
 ふーのお父さんに連れられ、控室に入った。
 すると、食事が用意されていた。
 さすが温泉施設!
 とても豪華な料理だ。

「お父さん! これ食べて良いの!?」

 ふーが自分の父親に聞いていた。

「いいよー。でも時間ある?」
「あ……。着替えの時間しかない……。終わったら食べよーっと」

 あと三十分で祝賀会が始まる。
 会の初めに太鼓演奏をやらなければならない。
 食べている暇もなければ、今食べ物を胃に入れてしまうと、演奏中に吐いてしまうリスクがある。
 私達は急いで太鼓の衣装に着替えた。
 着替え終わったところで私はみんなに声をかけた。

「みんな準備オッケイ?」
「いいよー」
「んじゃー、打ち合わせするよー」

 私達は輪になって打ち合わせを始めた。
 私は指揮をとった。

「まず、ステージに入ったら太鼓の位置調整。準備ができたら役員の人に合図出すから、そしたら幕が上がる。私が挨拶をしたら、いつもみたいに二曲演奏する。曲順はいつも通り、祭ばやし、天龍太鼓の順ね。ここまではオッケイ?」
「うん!」
「最後は太鼓の前に一列になって大きな声でありがとうございましたって言って終わる。そしたら、幕が降りるから。その後は、太鼓を片付けるのを手伝って、終わったら、またこの控室に戻ってきて、このご馳走を食べる! 以上、全体的な流れを言ったけど、質問ある人いる?」
「大丈夫!」
「ないでーす」
「オッケイ!」
「じゃー、移動開始!」

 私達はステージに向かった。
 ステージ上に着くと、父兄や役員の人達が太鼓のセッティングをしてくれていた。

「ありがとうございます!」

 お礼を言って私達は準備を始めた。

「立ち位置オッケイ?」
「はーい」
「夏希さーん」

 明日香が話し掛けてきた。

「なにー?」
「円陣組みませんか?」
「円陣?」
「はい、円陣。とりあえず、区切りの一つと気合い入れを込めて」
「いいねー! よし! 集合!」

 私達は円陣を組んだ。

「よし! では、演奏成功を込めて……。ファイトー……」
「オォー!!!」

 ステージ袖では、私達が円陣を組んでいるところを見ていた大人達が拍手をしてくれていた。

「準備できました。お願いします!」

 私は役員の人に声を掛けた。
 そして、幕が上がった。
 幕が上がるとそこには、たくさんの人達が拍手を送ってくれていた。

「今日は、姫乃森中学校と沢山の方々に感謝の気持を込めて精一杯演奏します。どうぞお聞き下さい!」

 すると、客席から、

「がんばれー!」
「待ってましたー!」

 と、多くの声が聞こえてきた。
 感極まったが、気持ちを引き締めて太鼓の枠を叩き、合図を出した。合図に合わせて全員バチを掲げて構えた。
 そして、祭ばやし、天龍太鼓を叩き切った。
 全ての力を出しきり、みんな息切れが半端なかった。
 盛大な拍手を貰うと、すごく清々しい。
 全員整列し、客席に「ありがとうございました」と言い、深くお辞儀をした。
 すると、

「アンコール! アンコール! アンコール!」

 と、客席からアンコールの大合唱が始まった。

「えっ……。マジ? みんな叩ける?」

 私はみんなの様子を伺った。

「正直、きついっす」
「オレもー」

 靖朗と淳は特大太鼓を叩いていたため、発汗が凄い。

「でも、私達の太鼓聞くのが、最後って人も多いだろうし……」

 明日香ときらりは口を揃えて言った。

「千秋とふーは?」
「やっちゃお!」
「うん、千秋と同感! せっかくアンコール貰ってるんだし。応えなきゃ!」

 私も千秋とふーの答えに同感した。
 しかし、かなりの体力を使う特大太鼓を叩いていた靖朗と淳のことが心配だ。

「靖朗と淳、何なら叩ける?」
「どっちもきつい……。だけど選曲するなら天龍太鼓じゃないっすか?」

 靖朗は汗を拭きながら言った。

「そうだな……。天龍太鼓は中学生の持ち曲だし。お前、特大叩けるか?」

 淳は靖朗の心配をしながら言った。

「そうだねー。天龍太鼓の特大は靖郎が叩くことになるもんなー。大丈夫? いける?」
「やりましょー!」

 さすが、二年生の中で一番体力にある靖郎だ!

「よし! んじゃー、天龍太鼓の立ち位置になってー! 呼吸が落ち着いたら始めるよー!」
「ねぇ、なっつ。ちょっと時間稼いでよ」

 千秋が無茶ぶりをしてきた。

「どうやって!?」
「みんな、バテて、すぐに叩ける感じじゃないし……。なっつ、部長挨拶してちょ。黙ってるのもあれだし……。あと、アンコールのお礼も言わなきゃ……」
「そうだなー。マイク貰ってくるわ」

 私は役員の人に事情を話してマイクを貰った。
 選曲の相談をしていた時間もあって、少し呼吸が落ち着いてきた。
 私はゆっくりと話し始めた。

「あー……。えーっと。アンコールありがとうございます。みんなと話し合った結果、アンコール曲は中学生のために作られ、先輩方が叩き継いできた伝統でもある曲、天龍太鼓を演奏させていただきたいと思います。なので、最後はこの曲で締めたいと思います。では、お聞き下さい」

 振り返ると、みんな呼吸は落ち着いていており、「ナイス時間稼ぎ!」と言わんばかりの笑みとグットサインをしていた。
 そして、天龍太鼓を叩き、私達は力を使い果たしたのであった。
 幕が下がると、川村先生と内藤先生が太鼓を片付けるために来てくれた。
 川村先生が、なんか泣きそうな顔をしている。

「お前らぁ~。もうハラハラしたよー! ちゃんと会場に来れたのかとか、自分達でちゃんと準備できているかとか……。よかった、よかったぁ~」

 川村先生は泣きながら言う。

「なんで泣いてるんですか?」

 私は、川村先生に聞いた。

「だって、円陣もしてたでしょ? 聞こえてたよ。もう、円陣組んでるの聞こえて、お前らの仲間の絆にオレ……オレぇ~……」

 やべー。
 ガチ泣きしておる……。
 内藤先生が川村先生にスッとハンカチを手渡してた。
 川村先生はハンカチを受け取り、ゴシゴシと顔を拭いた。

「はいはい、川村先生。早くステージから太鼓下ろして下さい。チャッチャとやってー」

 千秋は太鼓を抱え、川村先生のことを押しながら言った。
 太鼓をケースに入れてトラックに積み、ようやく片付けを終わらせた。

「よっしゃー! 飯だぁー!」
「飯ー! 早く着替えようぜー!」

 靖朗と淳は控室に走って行った。

「私達も行こうか」
「そうだね」

 私達も男子を追って、控室に向かった。
 すると、淳が

「ちょっと! 飯、片付けられてる!」

 と言って、控室から飛び出してきた。

「なにー!」

 それを聞いたきらりと明日香が走り出し、控室へ入って行った。

「三年生! 大変です! スッカラカンになってます!」

 きらりが青ざめた顔で言ってきた。
 控室を覗くと、あんなにあったご馳走が一つも残らず片付けられ、テーブルしか残っていない状態であった。

「めし~! めし~! オレたちのめしぃ~」

 靖朗と淳が駄々をこねていた。
 私達女子は呆然としていた。
 そこへ、ふーのお父さんがやってきた。

「あれ? ちゃんと伝えたはずなのに片付けられている……」

 温泉側のミスだったようだ。
 私達は制服に着替えて、今後のことについて話し合った。

「とりあえず、子供達は帰って良いらしいけど……」

 ふーのお父さんは頭をかきながら言う。

「うーん。青年部、太鼓叩くんですよね? 私、見たいなー」

 私が言うと千秋が

「うちも見たい! 兄ちゃん太鼓叩くし!」

 と、言ってきた。
 みんなも見たいと声を上げていた。

「分かった。んじゃー、太鼓見たら帰ることにするか。ついてきて。」

 私達は、ふーのお父さんの後をついて行き、会場に入った。

「みんなはここのテーブル席に座って見てね」

 私達は隅のテーブル席に案内されて、席に着いた。
 みんながお腹を空かせてヘトヘトになっている様子を見て、わたしはふーのお父さんに相談する。

「あと、一ついいですか?」
「どうした? なっちゃん」
「みんな、お腹減ってて限界なんですけど……」
「だよなー。何か準備できるか聞いてくるよー」
「すみません」

 しかし、期待ハズレであった。

「ごめん。ジュースしか貰ってこれなかった」
「えぇー!!!」

 一同唖然した。

「しょうがないか……」

 そう言って、みんなでジュースを分け合って飲んだ。

「ひもじいー、ひもじいー、ひもじいー」

 明日香と靖朗、淳はテーブルに顎を着いて喋っていた。

「あっ! わかった! ちょっとまってて!」

 突然、明日香が席を立った。

「待って! オレも行く!」

 靖朗と淳も席を立ち、三人で大人達のテーブルへと走って行ってしまった。

「なんだあいつら。きらりは行かないの?」

 私はきらりに聞いた。

「私は黙ってます」

 きらりは私の隣の席でジュースを飲んでいた。

「少しでも……ガリボリ……。何かしら……ガリボリ……。つまんでいれば良かったなー、ガリボリ……」

 話し声とともに硬いものを噛み砕いている音が聞こえる。
 ふーの方を見ると、何か口をもぐもぐと動かしている。
 私は気になって、ふーに聞いた。

「ねー、ふー。何食べてんの?」
「氷」
「は?」
「水に入ってる氷。美味しいよー。なっつも食べる?」
「いや……いいや」

 どんだけひもじいいんだ、こいつ。

「ふー、行儀悪いよ」

 呆れながら千秋がツッコんで言った。
 すると、明日香と靖朗、淳が戻ってきた。

「みんなー! ガリ貰ってきたー! ガリ!」

 食料調達に行っていたらしい。

「ガリかよッ!」

 きらりがそう言うと、

「ガリも立派な食べ物だ! 文句言わずに食え!」

 明日香が威張って言ってきた。
 氷よりはマシか。
 明日香達が貰ってきたガリをみんなで食べていると、

「あれ? お前ら来てたのか」

 と、声が聞こえた。
 千秋の兄とその同級生達だった。

「あ、兄ちゃん」
「なんでガリなんて食べてんの?」
「ご飯食べてないから」

 千秋がぶっきらぼうに応えた。

「えぇー! そうなの? ちょっと待ってて!」

 先輩達が急いでどこかへ行ってしまった。
 まもなくすると、オードブルとお寿司のセットと箸、紙皿を持ってきた。

「これ食べなー」
「え? 良いんですか?」

 思わず私はびっくりして言った。
 食事がガリから豪華なご馳走にレベルアップした瞬間であった。

「当たり前じゃん!」
「ありがとうございます!」

 まさに救世主! 
 ありがたくみんなでいただいた。
 お腹が空いていたせいか、ものすごく美味しく感じた。

「千秋、お前ガリだけな」

 バシッ!

「みんな、遠慮せず全部食べて良いからー。またねー」

 先輩の一人が千秋の兄を叩き、襟元を掴みながら連れて行ってしまった。

「バカ兄貴!」

 千秋は文句を言いながら食べていた。
 しばらくすると青年部の太鼓演奏が始まった。
 やっぱり、先輩達が叩く太鼓は迫力がある。
 叩き初めの一発目でバチを折ってしまった人もいた。
 姫乃森から学校が無くなってしまっても、青年部が太鼓を引き継いでいくことだろう。

「お、良かったじゃん。御飯食べれて。演奏終わったし、帰ろうか」

 ふーのお父さんが声を掛けてきた。

「はーい」

 私達は荷物を持ち、会場に来た時と同様、二年生は淳のお父さんの車に、三年生はふーのお父さんの車に乗って帰った。

「あ、みんな。二十八日の歓送迎会、中学校の図書室に十二時三十分に集合ねー」
「はーい」
「半纏と帯、ちゃんと洗濯してアイロンかけてきてねー」
「はーい」

 私達はふーのお父さんから連絡事項を言われた。

「次が本当に最後かぁー」

 私が呟くと、それを聞いた千秋が

「だねー。寂しいね」

 と言ってきた。
 最後の最後まで、私達はやらなければならないことがある。
 姫乃森中学校の生徒として……。
 閉校式から三日後。
 私と千秋は、ふーの家に遊びに来ていた。
 今日はタイムカプセルを埋める日だ。
 私達は入れるものの準備をしていた。
 
「手紙書いたー? 缶、準備したから入れてねー」

 ふーは自分の手紙を入れた缶を手渡してきた。

「はいよー。今、封筒に封するから」
「んじゃー、うちの先に入れるねー」

 千秋が先に手紙を缶に入れた。
 その後、私も缶に手紙を入れた。

「あとは写真だね。これでいいかな?」
「ちょっと見せてー」

 千秋はふーから写真を受け取り、チェックを始めた。
 私も写真を覗いて見た。
 夏休みに学校で勉強している写真や、卒業式に撮った写真であった。

「いいんじゃない?」
「そうだね。いいね」
「じゃー、これも缶に入れて……。缶に封するよー」
「はいよー。じゃー、ガムテープで……」

 千秋が缶にガムテ―プをグルグルと巻き始めた。

「よしっと! 早速、埋めに行こうか」
「うん!」
「ふー、スコップある?」
「うん、あるよー。このスコップ使ってー」

 私はふーからスコップを受け取った。

「なっつ、スコップ合うねー」
「来月から農業高校に通いますからね!」

 私達は、中学校の桜の木の元へ歩いて行った。

「よし、なっつ! ここ掘れ!」
「おい、千秋。『ワンワン』って言うとでも思ってたか? 犬じゃねーんだから」
「ごめんごめん。さぁさぁ、掘って掘って」

 私はタイムカプセルを埋めれるくらいの穴を掘った。

「うん、このくらいでいいと思うよ」

 そう言ってふーは、穴の中にタイムカプセルを置いた。

「おっ、なっつ。ピッタリじゃん! さすが!」

 ふーが満足そうに言った。

「んじゃー、埋めるよー」

 私は穴に土を戻してタイムカプセルを埋めた。

「五年後だね」
「うん、成人式の日に掘り起こそう」
「またここに三人で集まろう。約束だよ!」

 五年後、私達は二十歳になっている。
 その日まで、手紙に何を書いたかはお互い伏せておくことにしている。
 私はふと笑いながら言った。

「ねー。これ五年後、三人とも忘れてたらウケるよねー」
「ないない。たった五年だよ? 忘れてても誰か一人くらい覚えてるでしょ!」

 ふーは笑いながら言った。
 すると千秋が、

「ふーは忘れてそうだけどね。言い出しっぺが忘れてたらおかしいよね」

 と言ってからかっていた。

「ひどい! たった五年だし、忘れないもん!」

 三人が笑いながら話していると、風が吹いた。
 桜の木の枝が風に吹かれ、まるで桜の木も笑っているかのような音が聞こえた。

「さっ、戻ろうか。なんか、お父さんが相談したいことがあるんだってさー」
「そうなの? 分かったー。行こう」

 私達はふーの家に戻った。

「おかえりー。ちゃんと埋めてきたかい?」

 家に着くとふーのお父さんが出迎えてくれた。

「うん、バッチリ!」
「良かった。五年後が楽しみだね。なっちゃん、千秋ちゃん。ふーから聞いてたと思うけど、相談したいことがあってね。中に入ってー」
「はーい」

 私達はリビングのテーブル席に座った。

「二十八日にPTA主催の先生方の歓送迎会をやるんだけど。みんなの太鼓演奏が終わった後、みんなから先生方に花束と記念品を贈呈して欲しいんだけど、頼めるかな?」
「良いですよー」
「うちも良いですよ」
「オッケイ、オッケイ!」

 三人とも、了承した。

「ありがとう。流れなんだけど……。みんなが太鼓を叩き終わったら先生方の方に行ってもらって、そしたら父兄が花束と記念品を持ってきてあげるから。受け取ったら先生方に贈呈してね。担当も決めようか」
「そうだね! その方が流れ良いかも」

 ふーがメモを取りながら言った。

「校長先生にはふーとPTA会長の私が。川村先生にはなっちゃんと千秋ちゃん。内藤先生には靖朗君と淳君。中野先生には明日香ちゃんときらりちゃん。そんな感じで良いかな?」
「良いと思います。そしたら当日、二年生達にも伝えておきますね」
「ありがとう、なっちゃん。みんな、当日よろしくね」
「はい!」
「サプライズだね! 先生達、泣くかなー?」

 ふーは先生達が泣くのを期待しているようだ。

「案外、泣かないかもよ?」

 私がそう言うと千秋が、

「そう? うちもふーと一緒で泣くと思うなー。特に川村先生! 祝賀会でも泣いてたじゃん!」

 と言ってきた。
 言われてみればそうだったな~……。

「サプライズ、成功すれば良いね!」
「そうだねー」

 思わずサプライズ企画に胸が高まってきた三人であったのだ。