文化祭も終わり、私達は余韻に浸っていた。

「学校行事の一大イベントが終わると、なんか気が抜けちゃうよねー」

 ふーが呑気に話していた。

「ほんとだね~」
「ちょっとあんた達、受験のことも考えなよ。面接練習が始まるんだから」
「余韻に浸るくらい良いじゃ~ん、ねーなっつー」
「ねー、ふーうー」
「まったく……あんた達は……」
「ところで、次の時間なんだけど……。授業内容変更してまでホームルームやるなんて、なんかあったのかなー?」

 私は不思議そうに言った。
 あまりに急過ぎて訳が分からない。
 グダグダとしていると川村先生が教室に入ってきた。

「お待たせー! んじゃー、号令よろしく~」

 日直の千秋が号令を掛けた。

「起立! 礼!」
「お願いしまーす」
「着席」
「いやいや、何をお願いするのか分からないんですけどね」

 着席すると、千秋がすぐにツッコミを入れた。

「だよねー。授業内容変更することしか言ってなかったからねー。実は、明日のことなんだけど……。まず、プリント配るからプリント見ながら説明するね」

 そう言って川村先生が一枚のプリントを私達に配った。
 その紙には、『美術館見学・テーブルマナー教室について』と書いてあった。

「そのプリントに書いてある通り、明日の授業は一日外で授業しまーす。全校生徒でね」
「ほんと、急ですね」

 私は川村先生に言った。

「そうなんだよねー。ほら、三月で閉校しちゃうじゃん? それで、学校の予算を使い切っちゃおーってことで、急遽だけど高級レストランでお昼食べながらの野外学習をやることに決めました! やったね!」
「やったぁー!」
「はぁ……」
「へぇー」

 飛び跳ねて喜ぶふーと川村先生とは裏腹に、私と千秋は至って平常心だった。

「おいおい、二人ともー。嬉しくないの? 一日中授業潰れるんだよ?」
「いやいや、先生がそんなこと言っちゃダメでしょー」

 私は思わずツッコんだ。

「オレはハッキリ言う! 嬉しいぞ!」
「川村先生、ちょっといいですか? 渡し忘れたプリントがありましてー」
「あっ! 校長先生……」

 嬉しいと川村先生が叫んだ直後、校長先生が教室に顔を出した。
 川村先生の顔色が一気に青ざめる。
 私と千秋は、思わず吹き出してしまった。

 ふーは上機嫌にプリントを黙読していて、校長先生が来たことに気づいていないようであった。
 テンションが上っているふーと、上っていない私と千秋を見て温度差を感じた校長先生は、ニッコリ笑いながら声を掛けてくれる。

「受験対策も始まるけど、大きな学校行事が終わったし、みんな今まで頑張ったんだから、少し羽目を外してゆっくりするのもいいんですよ。美味しいレストランを予約したので明日はあまり授業だと思わず楽しんで下さいね。一日中授業が潰れるわけですからね。ですよね? 川村先生?」
「あ……はぃ……」

 校長先生の耳にちゃんと川村先生が喜んでいた声が聞こえていたらしい。
 でも、校長先生からは怒っている雰囲気が全く感じられない。
 というか、「全くこの子はー」と我が子に対して笑いながら呆れているように見えた。

 校長先生は怒ることがあるのだろうか?
 この心の広さを見習いたいものだ。
 校長先生は追加のプリントを川村先生に渡すと職員室へ戻って行った。
 不意に川村先生の顔を見ると汗を拭いていた。
 私はそっと、川村先生に話し掛けた。

「先生……。大丈夫ですか?」
「まぁー、校長先生は怒らない人なんだけど……。罪悪感がヤバい……」
「ですよねー」

 私と千秋が口を揃えて言った。

「気を取り直して、明日の予定についてお話しますね」

 いきなり、川村先生がガチガチの敬語で話し始めた。
 全然、気を取り直していない……。
 というか、いつもと違う話し方で気持ち悪い。
 私だけじゃなく、千秋もふーも顔が引きつっていた。
 たぶん、校長先生にまだ聞かれているんじゃないかと心配しているんだろうけど……。
 教師って、大変だな~。
 私は呑気にそう思った。

「明日は普通に登校して下さい。朝の会が終わったら、バスに乗り込んで美術館へ向かいます。美術館の見学が終わったら、近くの高級レストランにバスで移動して、昼食です。その後、学校に帰ってきます。みんなはこの日、三時で下校して良いです。以上が明日のスケジュールです。ここまで質問ありますか?」

 最後の最後まで、頑なに敬語で話した川村先生。

「無いでーす」
「美術館見学のレポートとかは敢えて準備はしていません。気楽にその日を楽しみましょー。まぁー、今までの行事のご苦労さん会ってな感じで」
「はーい」
「じゃー、ちょっと早いけどこの時間は終わりにしまーす。日直、号令お願いしまーす」
「起立! 礼!」
「ありがとうございましたー」
「着席」

 いつもはこのまま川村先生は職員室へ向かうのだが……。

「あぁー! 職員室に戻りたくねー! 絶対に校長先生に怒られるぅー!」

 川村先生が教卓にへばりつきながら言った。

「校長先生怒ってる感じしていませんでしたから、大丈夫ですってー」

 千秋が川村先生のことを宥めていた。
 なんと情けない姿。
 どっちが生徒で先生なのか、これじゃ分からない。

 結局、川村先生は校長先生に怒られることはなかったそうだ。
 こうして私達は明日、先生達からのご褒美として、美術館見学と高級レストランで食事をすることになった。