「どういうことだ」

部屋の主人がおらぬ部屋のソファで、一見くつろいで──しかし実は固まっている三人の侍女を見下ろし、久金晶は白皙を歪ませた。

「紅玉、翠玉、黄玉。返事をしろ」

それぞれの肩を揺するものの、彼女達の瞳は硝子玉のように揺らがない。
晶は紅玉と呼んだ侍女の耳に触れる。そこには紅色のピアスが埋め込まれていた。

「戻れ」

ひと言で女の姿は消えて、彼の手の中にはピアスだけが残る。後のふたりにも同じようにすると、晶は手のひらを強く握りこんで額にあてた。

脳裏を駈けるのは、三人が最後に見ていた記憶。

──家に戻ってよろしいかしら。
──妹が体調を崩したの。
──これからは姉をよろしくお願いします。

晶は目を開ける。
水晶めいた薄い水色の瞳に浮かんだのは、困惑か。

「……妹? 何を馬鹿なことを」

す、と立ち上がると窓の外へ目をやる。
とっぷりと暮れた庭の中、木々に寄り添う人影が凝った空気に固まっている。

──両家の奥様ごっこは楽しかったわ。ここならお姉様も安心して過ごせるわね。

「そうか……そういうことか。随分と甘く見られたものだな」

爛々と輝く瞳が幻影を見据える。
すると、その硝子に映る影があった。

「晶様、その台詞はどう聞いても悪役です」

眼鏡をかけた長身の男を硝子越しに睨みつける。しかし何処吹く風といったように男は耳にかかる髪をかきあげた。藍色のピアスが露になる。

「うるさいぞ、藍玉(らんぎょく)
「ご忠告申し上げているだけです。これではお会いされた時、手紙とご本人のギャップで梢様が混乱されるでしょう。せっかく好青年を演出していたのに台無しですよ」

藍玉と呼ばれた男はあくまでも淡々とした表情を崩さない。大層な苦言──否、暴言だったが、晶もそれを意に介さず、くるりと体を反転させて藍玉に向き直る。

「明日、斎樹姉妹を連れてこい」
「おや、一晩猶予を与えるとはお優しい」
「どうせ病状がどうのと駄々をこねるだろう。そちらの手配も済ませておけ」
「仰せのままに」

藍玉は一礼すると、人形のような姿勢の良さで部屋を後にした。
ひとり残された晶は部屋を見渡す。
梢のために設えた調度の数々。
菓子箱は手つかずのままだったが、添えておいた手紙はない。

「……脈はあるのか。いや、資料か?」

その時、刺すような痛みが晶の手を貫いた。
呼吸が止まる。痛みが紛れる。一拍遅れて次の波が来る。
発作に強ばった手を力ずくで握り、やり過ごす。慣れたくはないが、嫌という程付き合わされてきた痛みだ。

「……ッ」

拳をテーブルに叩きつけて痛みを散らす。手の甲に浮かび上がるのは、血管でも骨でも筋でもない。
崖のようなひび割れた亀裂だ。
きらきらと輝く鉱物の断面に似たそれは、美しいがゆえに禍々しくもある。

「何故だ……梢」