「えっ、本当に勇者様?」

「俺が嘘を言う男に見える?」

 マッサがニヤリと言うと、ネーアは慌てふためいた。

「えっ、えっ、あ、あの、ようこそ当ホテルにお越し下さいました!! えーっとどうしよ、サイン色紙? じゃなかった、お部屋にご案内します!!」

「それより飯を用意してちょうだいな、ねーちゃん」

「わ、わかったわ!! 大至急用意させますので!!! マッサ、勇者様のお部屋どこか案内しといて!!!」

「かしこまり! さぁさぁ勇者様こちらへどうぞ。スフィンさんはそこの椅子に座って待っていてちょうだいな」

 二階の一室に案内されるマルクエンとラミッタ。

「これは、どういう事なのかしらね」

「元の世界で命を失った者はこの世界へ来るのだろうか……?」

「でも、それだったらもっと人が居てもいいはずよ」

「うーむ……」

 悩む二人だったが、こうしていても(らち)が明かないだろう。

 荷物を下ろしたマルクエンが、剣まで置いていこうとしているのを見てラミッタが咎める。

「宿敵、スフィン将軍がまた襲いかかってくるかもしれないのに、武器を置いていくの?」

「なんだ、心配してくれるのか?」

「なっ!? べ、別に!!」

 ハハハと笑った後にマルクエンは言う。

「スフィン将軍なら、何となくだが心配は要らないと思う」

「何でそう言い切れるのよ」

「あの方は気高い軍人だ。卑怯な手は使わまい」

 その頃、ロビーに戻ったマッサを見てスフィンは立ち上がる。

「マッサ……だったな」

「お、名前を覚えていてくれたの。嬉しいねぇー」

「私を一発殴れ」

「は?」

 思いもしない言葉を聞いて流石のマッサも困惑した。

「えーっと、そういう趣味が?」

「ち、違う!! 貴様は民間人であり、それ以前に恩人でもある。なのに私は貴様に攻撃をしてしまった」

「あぁ、あの電気は効いたぜ!」

 興奮するスフィンを止めるために、拘束魔法を使おうとした時の事を言っているのだなとマッサは思い出す。

「どこからでも良い、そうして貰わないと私の気が済まない」

 そう言ってスフィンは目を瞑る。

「そっか、俺は気にしていないんだけどなー」

「私が気にしているんだ」

「……、それじゃ遠慮なく」

 マッサはスフィンに近付き、手を前に出す。

 その手はガッチリとスフィンの胸を鷲掴みにしていた。

「ひゃっ」

 殴られると思っていたのに、胸を揉まれ、思わず変な声が出るスフィン。




「あびゃー!!!」

 ホテルのロビーから悲鳴が聞こえ、何事かと駆けつけるマルクエンとラミッタ。

「き、貴様!!! 何をするか!!!」

「い、いや、どこからでも良いって言ってたので……」

 マッサはまたも電撃を食らって伸びていた。

「どこでも良いとは言っていないだろうが!!!!」

「スフィン将軍!! どうなさったのですか!?」

「な、何でもない!!!」

 ラミッタの呼びかけに顔を赤面させながら答えるスフィン。

「お待たせしました!! 皆様、簡単なものですが、お食事の準備が整いました!!」

 ネーアは床で伸びているマッサをスルーしてマルクエン達に呼びかける。

「あ、あのー。弟さん床で伸びていますが」

 マルクエンが指摘すると、ネーアは笑顔のまま言う。

「どうせ、ろくでもない事をしたのでしょう。いつもの事です」

「そりゃねえぜ……姉ちゃん……」



 食堂にはマルクエンとラミッタ。テーブルを挟んでスフィンと、ちゃっかりマッサも座っていた。

 スフィンは相変わらずマルクエンを睨んでいる。

「まぁまぁ、スフィンさん。そう睨んでいると可愛い顔が台無しだぜ?」

「な、何を言うか!!」

 どうもこのマッサという男が居ると、スフィンは調子が崩れた。

 前菜にとうもろこしのスープが出てきて、マッサが言う。

「さぁさぁ、美味しそうじゃないですか。それではイタダキマス!!」

「イタダキマス?」

「この世界で食べ物を食べる前に言う感謝の言葉ですよ」

 スフィンにマッサは軽く説明を入れると、スープを食べ始めた。

「うん、甘くて美味い!!」

 マルクエン達もスプーンを手に取り、一口食べる。

「おぉ、これは中々……」

 スフィンも習って一口飲んでみると、優しい甘みとコクが口に広がった。

「……。まぁいい。ラミッタ、現状を簡潔に説明してくれ」

「はっ……。と言いましても、何から説明すれば良いのか、少々複雑でして……」

「まず、私が戦死したと言ったな?」

 気まずいながらも、ラミッタはしっかりと伝える。

「はい。スフィン将軍は戦場で遠くからの魔法矢による狙撃で命を落としました」

「……。そうか、我ながら情けない最期だ」

 そう言って視線をスープに落とす。

「それで、私の死後戦局はどうなった?」

「はっ、その……。ルーサは不利な状況下になり、軍同士の大きなぶつかり合いがありました。そこで私とこの宿敵は対峙し……」

「負けた、と」

「申し訳ありません……」

 ラミッタも下を向いて気まずそうにした。

「あの、私からもその後のことについて話して構いませんか?」

 重い空気に耐えながら、マルクエンは発言する。

「ふん、侵略者の言葉など信用ならぬな」

「まぁまぁ、スフィンさん」

「その後と言っても、戦いの三日後、高熱を出して、そこで私の意識は朦朧として途絶えました。その時点ではまだ戦争の決着は着いていませんでした」

 スフィンは何か考え事をし、話し始める。

「大体の事は分かった。元のルーサがある世界で死んだ者がこちらに来ていると言うことだな?」

「恐らくは、ですが」

 ラミッタが言うと、スフィンは頷く。

「この世界にはルーサが無いという事は分かった。だが、イーヌの侵略者は皆、私の敵だ」