マルクエン達が聖域を訪れる数日前の事だ。

「私の名はスフィン・スク。ルーサの将軍だ」

「将軍様か、そりゃあいい!」

 スフィンを助け、食事を食べさせている冒険者の男、マッサは膝を叩いて爆笑していた。

「貴様、信じていないな?」

「いや、信じるよ。信じるとも」

 言葉ではそう言っていたが、態度からはそんな気が微塵(みじん)も感じられない。

「私は確かに戦場に居た。そこで落馬し、意識を失って、気が付いたらここだ」

「なるほどな、不思議な話もあるもんだなー」

 豆のスープを食べながらマッサは適当に頷いていた。

「やはり、貴様信じていないだろう」

「まず、そのルーサってのは国なのかい?」

「あぁ、そうだ」

「悪いが、聞いたことないんだよねー」

 聞いたことが無いと言われ、スフィンは驚く。

 だが、目の前の男が残党狩りで嘘をついていないとも限らない。

「本当に知らんのか?」

「全くね、ここはコニヤンって国だけど、周りの国にも無いしなー」

「その国こそ聞いたことが無い。疑問なのだが、聞いたこと無い国同士出身の私達が何故同じ言葉を話せるのだ?」

「それは俺も分からないねー」

 何とも要領を得ない男の話に、スフィンは少しイライラとしていた。

 そんな時、スフィンは物音と、それに混じった殺気を感じ取る。

「おや、お客さんみたいだね」

「剣を、貸してくれるか?」

「あぁ、予備が一本あるよ」

 マッサが剣を差し出し、スフィンはそれを受け取った。

 野生生物を模した魔物が二人に飛びかかる。

 スフィンは蟻型の魔物を剣で斬り捨て、光の矢を多数呼び出し、射出した。

 串刺しになる魔物達。マッサは熊型の魔物の腕を切り落としながらそれを見る。

「はぇー、やっぱやるねぇ!」

 スフィンは近付く魔物を剣で切り捨て、中距離以上の敵は魔法で殲滅した。

 マッサも次々に魔物を倒し、無意識の内に二人は連携し、敵を倒す。

「片付いたかなっと!」

 狼型の魔物に剣を突き立て、マッサは言った。

「あぁ、大丈夫そうだ」

 スフィンも剣を収めてフッと笑う。

「眠り姫様、いや、将軍様か。筋肉や魔力から只モンじゃないと思っていたが、これほどまでとはね」

「これぐらい朝飯前だ」

「そっか、頼もしいことで」

 夜が明けるまで、スフィンとマッサはもう一度情報の整理をしていた。

 分かった事は、スフィンはルーサという国で将軍をしており、イーヌ王国という国と戦争をしていたということ。

 いつの間にか目が覚めたらここ、コニヤンの辺境の地に居たということ。

「そうか、不思議な話もあるもんだな」

「ルーサもイーヌも知らないということは、ここは余程遠い地なのだろうか」

「それは俺も分からないな」

「私はすぐにでもルーサに戻らなくてはいけない」

 うーんとマッサは腕を組んで唸る。

「ともかく、こんな所で話していても(らち)が明かない。俺の住む街まで行こう」

 マッサの言う通りだったので、スフィンは了承し、森を歩いた。

 その間、マッサはスフィンを軽く口説いていたが、全てスルーされる。

「ここが聖域の街『チター』だ!」

 街と言うには寂れたそこを、誇らしげにマッサは紹介する。

「つっても、魔物の活性化と、信仰心の薄れで最近あんまり人は来ないけどな」

「そうなのか」

 街に入り、とある宿屋へ向かう。

「ここ、俺の実家!」

 ドアを開けて中へと入るマッサ。スフィンもそれに続く。

「おかえりマッサ……。って、そっちの美人さんは?」

「よう姉ちゃん。森で運命的な出会いをした将軍様だ」

「まーた、適当なこと言って……。はじめまして、支配人の『ネーア』と申します。お客様ですかね?」

「いえ、私は……」

 そこで森で起きたことを話すマッサとスフィン。

「なるほど……」

「信じられない話だろうが信じて欲しい」

「えぇ、信じますわ。それでは賢者様に聞いてみると良いかもしれません」

「賢者様?」

 スフィンはどんな人だろうと一瞬考える。

「賢者様っていうか、スケベじいちゃんだけどな!」

「こら、マッサ。本当のこと言うんじゃないの!」

 何だか不安になる会話を聞いたスフィンだったが、ともかく誰でもいいから情報を集めるしか無い。

 山の中にある古風な街並みを上へ上へと登っていくと、ぽつんと家があった。

「賢者様ー、マッサだぞー」

 ドアをノックすると扉が開き、立派な白いヒゲを蓄えた老人が出迎えてくれる。

「マッサか、聖域の魔物の退治はどうなった? って……」

 賢者の目はスフィンの顔へ、胸へ、足へ向かった。

「な、なんだそのべっぴんさんは!?」

「俺の運命の人……かな」

「適当なことを抜かすな」

 スフィンは賢者に一礼し、話し始める。

「賢者様とお話は伺っております。私はスフィン・スクと申します」

「おぉ、いかにも私は賢者ミハルです」

 ニヤケ顔のミハルはスフィンに手を差し出し、握手を交わした。

「お嬢さん、いや、スフィンさん。中でお茶でもいかがですかな?」

「はい。それでは……」

 家の中で茶を出されたスフィンとマッサ。

 緑色の茶は中々の美味で、スフィンは思わず目を閉じる。

「それで、何の用ですかな」

「えぇ、実は……」

 スフィンはかいつまんで今起きている状況を話した。