コラーは戦いの時とぜんぜん違う顔をするマルクエンを見て、勇者のあるべき姿はこうなのかと思う。

「ラミッタさまー。私ね!! お空飛んでみたい!!」

「あら、いいわよ」

 子供の頼みを快諾し、ラミッタは抱きかかえて空を飛んだ。

「うわー!! すごーい!!!」

「俺も飛びたい!!」

「僕も!!」

 すっかり子供たちの人気ものになるラミッタ。

「マルクエン様、俺、本当は勇者になりたかったんです」

 コラーは自分でもつい言ってしまった言葉に驚く。

「あっ、そのっ、こんなに弱い俺じゃなれないって知っていますけどね!!」

「戦いの強さだけが、人の強さではありませんよ」

 真面目な顔をしてマルクエンは言った。

「私は、元々騎士でしたが。国を守るために戦っていました」

「守るため……、ですか?」

「そう。コラーさんは村を、皆を守りたいと心から思っている。それはとても立派なことです」

「えっと、その、ハハハ。何だか恥ずかしいですね……」

 下を向いてコラーは照れ顔を隠す。

「マルクエン様は、今は何を守るために戦っているのですか?」

 そう問われ、考える。真っ先に思い付いてしまったのはラミッタの顔だったが。

「えっと、今も国を守るため、元の世界へ帰るために戦っています」

 ちょっとだけ嘘をついた。

「コラー、ここに居たのか!!」

 セロラがやって来てコラーの隣に座る。

「肉焼いてきた、食え!! マルクエン様も!!」

「お前、まさか、また勝手に狩りを!?」

「気にするな!」

「気にしろ!!」

 マルクエンは二人の会話を聞いて笑っていた。



「なるほど、あえて手負いの魔物を残す。か」

 王都ではコニヤン軍の参謀長であるシガレーは報告を受けてそう呟く。

「箱の破壊にばかりを考え、盲点でしたね」

「そうだな。今すぐ勇者様達と軍に通達だ!!」



 村に馴染んでいたマルクエンとラミッタだったが、お別れの時が来た。

 とある聖域に落とされた箱を壊すよう伝令が来たのだ。

「マルクエン様、ご武運を!!」

 敬礼する兵士達。その後ろでも村人が総出でマルクエンとラミッタを送り出してくれた。

 森を抜けるまでコラーとセロラが案内をしてくれる。

「そういえば、マルクエン様。謝ることある」

 唐突にセロラが言い出したが、マルクエンは身に覚えがない。

「何ですか? セロラさん」

「マルクエン様とツガイになれない!! ツガイになりたい相手変わった!!」

 ブーッと吹き出すマルクエンと、まだ言っていたのと呆れ顔のラミッタ。

「そ、そうですか。いったい誰なのですか?」

 マルクエンが聞くと、セロラはもじもじとして下を向く。

「ナイショ!!」

 ラミッタは大体の見当がついていたが、マルクエンとコラーのアホ二人組は、いったい誰だと考えていた。

「それじゃ、コラーさん。セロラさん。お世話になりました」

 マルクエンに言われると、コラーはあたふたとしだす。

「いえ!! こちらこそ!! 箱も魔人倒して頂いてで、なんてお礼を言ったらいいのか……」

「お二人共。村のこと頼みましたよ」

「は、はい!! マルクエン様もラミッタ様も、ご武運を!!」

 コラーは敬礼してマルクエン達を見送る。





 とある森、月明かりに照らされて女が仰向けに寝ていた。

「う、うぅ……。ここは?」

 上半身を起こすと、周りを見渡す。

 自分の長いブロンドの髪がサラリと風になびいた。

 状況が分からない。誰かが被せてくれたのかは知らないが、毛布をどけると立ち上がった。

「おっ? お目覚めかい? 眠り姫様」

「誰だ!!」

 剣がないので右手に魔力を込めて言う。

 焚き火に照らされて、男の姿がぼんやりと見えた。

「あー、待った待った。そんな事されたら怖くておしっこ漏れちゃうよ」

 声の主である男はふざけているのか、そんな事を言った。

「ふざけるな、貴様は誰だ!?」

「俺の名はマッサ! ただのしがない冒険者さ」

「冒険者?」

「そうそう、夜の魔物を討伐してたら、アンタがそこで寝ていたんだ」

 女は状況を整理する。自分は戦場で急に意識が途絶えたはずだ。

「すまない。どうしても状況が理解できない」

「何があったか知らんが、俺は美人の味方さ。ほら、お腹でも空いてないかい?」

 焚き火の上で煮込んでいたスープを一杯よそい、近付いてきた。

「そう睨まないで、変なもの入ってないから」

 確かに女は腹が減っていた。

 だが、見ず知らずの男が持ってきた料理を食べるほどバカではない。

 受け取った皿に毒見の魔法を掛ける。

 どうやら本当に何もされていないらしい。

「おわ、やっぱ俺って信用されてないの!? かなしいー!!」

「疑ったことはすまなかった」

「まぁいいや。食べながらお話でもしようか。とりあえずアンタ名は?」

「名か、私の名は……」






 マルクエンは馬車を走らせ、街道を行く。

 荷台ではラミッタが目を瞑りウトウトしている。

 このまま道なりに行けば聖域へと着く。

 辺境の地にある為、今日は日が暮れたら野宿だ。

「さてと、ここら辺で野営でもするか」

「そうね」

 テントの設営と食事を済ませ、魔物避けの結界を張る。

 運良く空は晴れており、月明かりが二人を照らしていた。




 次の日、二人は聖域へとまた向かう。

 道は整備されているが、山道で、斜面になっている。

「この上が聖域か」

「そうね」

 しばらく道を行くと、村が見えた。

 聖域を守る人々が暮らす場所だ。