女の名がわかった所で、笑顔を作りマルクエンは言う。

「シヘンさんですか、よろしくお願いします」

「い、いえ、その、マルクエンさんのお国の……」

 シヘンは先程言われた国名を忘れてしまい、察したマルクエンがもう一度言う。

「あぁ、イーヌ王国です」

「そう! イーヌ王国……。ごめんなさい、聞いたことがありません」

「そうですか……」

 イーヌ王国は決して小さな国ではないので、名を知らぬという事は、よほど遠い地なのか、もしくは本当に死後の世界なのか。

「あの、どうしてマルクエンさんは森に?」

 シヘンに聞かれ、マルクエンはうーんと悩み言った。

「えぇ、とても信じられない話なのですが、気付いたらここに居たのです」

「そうなのですか、不思議ですね……。あっもしかして記憶喪失ってやつなのかもしれませんね」

 シヘンが言った後に「そうだ」と両手を顔の前で合わせる。

「近くの村の冒険者ギルドへ行きませんか? そこならばきっと誰かマルクエンさんの事か、お国の事を知っているかもしれません!」

 確かに、このまま森に居ても(らち)が明かないなと思ったマルクエンはその提案を受け入れることにした。

「分かりました。是非ご案内をよろしくお願いします」

「はい!」

 笑顔を作り、シヘンは元気よく返事を返してくれる。

 マルクエンは道中の会話で分かった事がある。この国は『コニヤン』という名であるということ、その中でもここは辺境の土地だということ。

 シヘンは駆け出しの冒険者で、薬草集めをしていたら、急に現れたゴブリンの群れに襲われたということ。

 後は他愛もない話をしていると、村へと付いた。

「あそこがトーラの村です」

 シヘンが指差す方を見ると、のどかな村が見えた。家は四、五十ほどあり、人もポツポツと歩いている。

「良い村ですね」

「ありがとうございます! 私の生まれ故郷なので嬉しいです」

 村の中へ行くと、立派な建物が目に入った。どうやらそこが冒険者ギルドらしい。

 ギルドの中に入ると、冒険者らしき女がシヘンに声を掛けた。

「あれ、シヘンと……。そちらのイイ男はどちら様っすか?」

「マルクエンさんです。さっきゴブリンに襲われた所を助けて貰いました!」

「ゴブリンだって!? 最近、魔王のせいでこの辺りも物騒になったねー。マルクエンさんか、あざっス!」

 女がそう言うと、マルクエンも言葉を返す。

「いえ、騎士として困っている方は見過ごせないだけです」

「あら、冒険者じゃなくて騎士さんっスか。でもこんな村に騎士さんが何の御用で?」

「えぇ、どうも困った事になりまして」

 マルクエンはショートカットで銀髪の女に事情を話した。

「そっかー、ここに来るまでの記憶が無いっすか。それに、私もイーヌ王国ってのは聞いた事がないっスね」

「そうですか……」

 その返事に、マルクエンは落胆する。

「記憶が無いってのなら一応、冒険者として登録されているか確認してみたらどうっすかね」

 女は受付を指さして言う。

「そうですね、万が一って事もあるでしょうし」

 マルクエンは言われるがまま、ダメ元でシヘンと共に受付へと向かった。

「こんにちは、シヘンさん。依頼はどうなりましたか?」

「えぇ、依頼はこなせたのですが……」

 シヘンは森でゴブリンに襲われたこと、マルクエンに助けて貰ったことを話す。

「そうでしたか……。森の依頼も受付のランクを上げないといけませんね。そして、冒険者を助けて頂きありがとうございます。マルクエンさん」

「いえいえ、当然のことです」

 頭を下げる受付嬢に、マルクエンも軽く頭を下げた。

「そして、マルクエンさんですが、冒険者には登録されていないですし、お見かけしたこともありませんね」

「そうですか」

 それはそうだとマルクエンは思う。それならば何故、どうやって自分はあの森に居たのだろうかと考える。

「さて、これからどうしたものか」

 受付を離れ、ギルドの椅子に腰掛けてマルクエンは独り言を言う。

「とりあえず、マルクエンさんお腹空いていませんか? ここは食事も出しているので、良かったらご馳走させて下さい!」

「いえ、そんな訳には」

 と、言いかけたが、確かに腹は減っていた。だが、この国の通貨は持ち合わせていない。

「すみません、シヘンさん。お金は後でお返しするので、お言葉に甘えても良いでしょうか?」

「もちろんです! あと、お金は要りませんよ」

「ですが……」

「いーじゃないっスかマルクエンさん。奢ってもらいましょうよ」

 さきほど話していた女もマルクエンの隣に座ってそう言った。

「名前言ってなかったっスね。私はケイ! ケイ・ゴカークっす」

「ケイさんですか。よろしくお願いします」

 名前を呼ぶと、ケイはニカッと笑う。そんな時、冒険者ギルドの扉が開き、人が入ってきた。

「お、アレは期待のルーキーっすね」

 そう言われ、マルクエンはその方向を見る。思わず声が出て立ち上がった。見間違えようが無い。あの顔、あの格好は……。

「魔剣士ラミッタ!?」

 その声に期待のルーキーはマルクエンを見て叫ぶ。

「え、は? わ、我が宿敵ー!!!?」

 ギルド内は静まり返った。皆がラミッタとマルクエンに注目している。