その夜、村を見下ろす人影があった。

「こんばんはー」

 声の覚醒魔法を使い、周囲に響き渡るそれは、挨拶というより轟音だった。

 村人たちは飛び起きて何だ何だと外に出る。

「こんばんはー、ゆーしゃ居ますかー?」

 上空から降り注ぐ子供の声。月明かりに照らされて、浮かぶ者が居た。

 ルサークとデルタも何事かと思い外に出る。

「ゆ、勇者様!!」

 ルサーク達は声のする方へと駆けて行き、村の外へ飛び出して、空を見つめた。

「あれ? あんた達がゆーしゃ? 意外と雑魚そうだな!」

 まさかと思いルサークとデルタは息をのむ。

「私はスパチー、偉大なる魔人だ!!」

 エッヘンと腰に手を当てて胸を張る魔人は、背が低く、女児のようだった。

 金髪を左右で結び、黒いドレスの様な服を着ている。

「貴様ら、ゆーしゃだな!?」

「ま、まずいわ!! 逃げましょう!!」

 デルタが慌てて言う。子供に見えるが魔人相手に勝算があるわけがない。

「何だ、私に恐れをなしてにげるのか!?」

 ルサークは腰を抜かしている衛兵に伝える。

「住民の避難と応援要請を!!」

「は、はい!!」

 つまづきながら衛兵は村へと駆けて行く。

「逃げましょう!?」

「ゆーしゃ。お前たちが逃げたらじゅーみんをみなごろしにしちゃうぞー!!」

 スパチーと名乗る魔人はキャッキャと物騒なことを言う。

「ルサーク!!」

「……、悪い事すると、ツケが回ってくるのかもしれないな……」

 はぁっとため息を付いてルサークは剣を引き抜く。

「デルタ、お前だけでも逃げてくれ!!」

「嫌よ!!」

「戦うかゆーしゃよ!!」

 スパチーは滑空し、ルサークに向かって突進する。

 一か八か、カウンターを食らわすためにルサークはタイミングを見計らって剣を振り下ろした。

 なんと、その剣はスパチーに当たるが、肉を切り裂くことなく、弾かれてしまう。

 代わりに蹴りを一発貰ってルサークは吹き飛んでしまった。

「ルサーク!!」

 叫ぶデルタと、ゴロゴロと転がって止まるルサーク。

「大丈夫、かすりき……」

 立ち上がるが、そこまで言いかけて、膝をつく。

「ゆーしゃってのも大したこと無いな!!」

 ハッハッハと笑うスパチー。

「逃げるわよルサーク!!」

「戦える俺が逃げたら村はどうなるんだ!!」

「アンタは勇者じゃないのよ!?」

 泣きながら言うデルタだったが、ルサークはフラフラと立ち上がる。

「少しでも時間を稼ぐ!! おい、ガキンチョ!!」

「ガキンチョじゃない!! スパチーだ!!」

「いいか、スパチーとやら。俺はまだ本気を出していない!!」

 ルサークはとんでもない事を言い出した。

 思わずスパチーもデルタもポカンとする。

「な、なんだと貴様!?」

「いいか、俺が本気を出したらお前なんかパンチ一発でやっつけてやる!!」

「う、嘘だ!!」

 誰が聞いても苦しい嘘だったが、スパチーは少し焦りを見せた。

「俺のパンチは山を砕くぞ!!!」

「そうなのか!?」

「ルサーク、何を言って……」

「良く分からんが時間を稼ぐ!! 村の皆が逃げられるぐらいに!!」

「お前、それは本当か!?」

 スパチーは冷や汗を一つ流しながら(たず)ねる。

「あぁ、お前なんか鉄より硬くて丈夫なこの拳で、ワンパンだぞオメェ!」

「な、なんだと!?」

 とにかく嘘をつき続けるルサーク。どこまでハッタリが通用するかは分からないが。

「降参しろ、さもなくば……」

「っぐ……」

 視線をそらし、みるみる威勢が無くなるスパチー。

「そ、そんなの怖くないぞ!!」

「いいか、俺のミラクルスーパーウルトラメッチャ痛いパンチが炸裂する前にどこかへ行け!! 三つ数えて消えなければお前はもう死んでいる!」

 そう言って数を数えるルサーク。

「ひとーつ!」

 スパチーはどうしようかと考えていた。逃げなければミラクル何とかパンチでやられてしまう。

「ふたーつ!」

「わ、分かった! 降参だ!!」

「えぇー!?」

 デルタは驚いて素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げる。

「よし、どっかいけ! 寝ろ!」

 ルサークがそう言った瞬間。スパチーは(きびす)を返して飛び去ってしまった。

「勇者様!! 魔人は……」

 恐る恐る衛兵が近付いて尋ねる。

「どうやら、今の所は大丈夫みたいですね」

 その言葉を聞いて思わず胸をなでおろす。

「良かった……、流石は勇者様です!!」

 だが、一番安堵していたのはルサークだった。

 何だか良く分からないが、ハッタリが通じてどうにかなったのだ。

 ルサークとデルタが村に戻ると、外に出て来た村人から感謝の声を次々に浴びた。

 照れくささよりも、緊張が解け、疲れがどっと来たルサークは愛想笑いを返して滞在する家まで戻る。

 家のドアを閉じてベッドに倒れ込むルサーク。一発だけ貰った蹴りでもかなりのダメージを受けていた。

「大丈夫なの? ルサーク」

 デルタは心配そうにルサークを見つめる。

「大丈夫だ、問題ない」

 強がりを言うも、ルサークはじんじんとした痛みを感じていた。

「明日には村を出よう。勘違いさせたままじゃ今後こんな事が起こらないとも限らない」

「えぇ、そうね……」

 寝付けそうに無いなと思っていたルサークだったが、いつの間にか眠りにつき、朝を迎える。

「それでは、私達には使命がありますので」

「勇者様、ありがとうございました。こちら少ないですが、感謝のしるしです」

 そう言って硬貨が詰まっているであろう袋を手渡されそうになるが、二人は辞退した。

「いいえ、受け取るわけにはいきません」

「ですが……、勇者様」

「受け取るわけにはいかないのです」

 勇者を演じているのと、少しの本音が混じった言葉をルサークは言い。村を出た。

「さて、勇者ごっこも終わりだな」

「これからどうするの?」

「逃げよう、遠くの地まで」

 ルサークが言うと、デルタははぁっとため息を付く。

「ほんと、アンタってどこまでもお人よしなんだから」