翌日の放課後、俺は落合さんに教えられた情報を活かすべく、コンビニへやってきた。
 プリンを買うためだ。

 実は、下級生からのプレゼントを装うなら手作りにしようと、家政婦に作り方を訊ねてみたのだ。
 しかし、匿名で人に贈りたいと言ったら止められた。
 
「坊ちゃん。昨今は物騒な世の中です。匿名で手作りの、しかも食べ物などとんでもない。何が入っているかわからない物を食べる人はいません。市販品を可愛くラッピングするだけで充分です」

 そう言われたので、コンビニで買うことにした。
 贈り物としてはデパートなどで買った方がいいのだろうが、これはあくまでも匿名の下級生からのプレゼントの設定。あまり凝りすぎると逆効果だろう。
 コンビニはあまり利用したことないが、これもテストのため……。
 俺は、気合を入れてスイーツコーナーの前に立った。
 そこには、ずらりと並ぶ甘味の数々。

 な、なんだこれは……!?
 プリンだけでこんなに種類があるのか!?
 昔ながらのプリンに、カスタードプリン、上に生クリームが乗っている物や、フルーツが乗っている物。
 バナナミルクプリンに、いちごミルク味!?
 これは最早プリンと言っていい代物なのか!?
 しかも普通のプリンとカスタードプリンは、どう違うんだ!?
 カップを手に取り見比べてみるが、まったくわからない。
 ケーキやエクレア、バウムクーヘン、ロールケーキなどの種類があるのはわかる。
 しかし、プリンだけでこんなに悩まなければならないとは……!

 これはもしや、落合さんからの挑戦状……!?
 香西にプリンを食べさせたければこの試練を乗り越えろと……そういうことなのか!
 たかがスイーツと甘く見ていた俺が愚かだった!

 プリンを持ったまま焦燥に駆られていると、周りの客からヒソヒソと注目されてしまった。
 これではいけないと気を取り直し、一旦持っていたプリンを棚に戻した。
 そして、人差し指を横に動かしながらプリンを選んでいく。
 香西が一番苦手そうなものは……これだ!
 
 
 *

 
 テスト前日の放課後、俺は一早く昇降口の近くに隠れていた。
 購入したバナナミルクプリンはすでに、香西の靴箱に仕掛けてある。
 さあ、とくと味わえ!
 しかし、香西は落合さんと一緒に昇降口へやってきた。
 しまった。香西に罠を仕掛けたことがバレてしまう。
 だがこの状況では、もう作戦を止めることはできない。
 
「ん? なんだこれ?」
 
 香西が、靴箱の紙袋に気づいて取り出す。

「なぁに? 何か入ってた?」
「プリン……? と、手紙?」

 香西センパイへ
 受験勉強、がんばってください。
 プリンは差し入れです。
 ぜひ、食べてください!
 
         カワイイ後輩より

 と、俺が女子高生っぽく筆跡を真似て書いた手紙を二人で読んでいる。
 それに一早く反応したのは、落合さんだった。

「ブフッ……!」
「ど、どうした?」
「な、なんでも〜? それより、ファンレターみたいだね」

 落合さんは知らないフリを続けるようだ。
 やはり、データ消去のために幼馴染を売ったのか……。
 
「でも、イタズラの可能性も……」

 香西は一瞬だけ喜んだ顔を見せたが、言いながら紙袋の外側、内側、封筒の中身、プリンのカップの隅々まで調べ出した。
 
「一応、プリンは市販品で封もしっかりされてる。 穴が空いてる様子もない」

 家政婦の助言を聞いておいて良かった。
 かなり警戒されている。
 
「しかもご丁寧に保冷剤まで入ってる」

 昼休みしか仕掛ける時間がなかったからな。
 傷んでしまっては元も子もないので、用意してやったんだ、感謝しろ。

「す、すごーく気の利いた子なんだね。食べてあげれば?」
「しょうがない、いただいてやるか」

 香西は笑顔になってプリンと手紙を持って帰って行った。
 これで明日のテストは……。
 思わず笑みがこぼれ、ガッツポーズを取った。

 
 *

 
「おはよー!」

 テスト当日、元気な声で挨拶する落合さんの隣に、香西の姿があった。
 やけに、すっきりとした顔をしている。
 痩せ我慢……をしてる風でもなさそうだ。
 
「か、香西……!」

 俺は思わず声をかけてしまった。
 
「ん? なに?」
「おまえ、腹の具合は大丈夫なのか?」
「なんの話?」 
「昨日、カワイイ後輩からプリンの差し入れがあっただろう!?」
「なんで、おまえが知ってるんだよ?」
「あ、いや……! たまたま見ててだな……! もしかして、プリンを食べなかったのか?」
「いや、おいしくいただいたよ?」

 そう言って、香西は自分の席に着いた。
 ど、どういう事だ!? プリンを食べると腹を壊すんじゃなかったのか……!?
 
「なー、鳴沢。さっきから聞いてたんだけど」

 唐突に、瀬戸が話しかけてきた。
 
「なんだ?」
「ヒロがプリンで腹壊すって、どこ情報?」
「この間、落合さんに聞いたんだが……」
「……おまえ、 ”まんじゅうこわい”って話、知ってる?」

 ……うん?
 それはたしか、落語の演目の一つだったか。
「まんじゅうが怖い」と言う男を大量のまんじゅう攻めにして脅すという……。
 しかし、男は本当はまんじゅうが大の好物でたいらげてしまう。
 
「……つまり、俺は騙されたのか!?」

 なんということだ、恥ずかしい!
 教室の隅で、落合さんがこちらをチラリと見ながら、笑っているような気がした。