「ヒロー! かくれんぼおにしようよー!」

 八歳のるきあが、大きく手を振る。
 休日に、二人で少し遠くまで探検していた。
 いい感じの公園を見つけて、そこでるきあが提案してくる。
 
「ふたりで? まあ、いいけど……」

 いつもの公園よりも、たくさん遊具があって、隠れる所は多そうだ。
 しかし休日だというのに誰もいない。
 穴場の公園なのだろうか。
 秘密の場所を見つけたみたいで、オレ達は舞い上がっていた。
 
「じゃーんけーんぽん!」

 オレはグー、るきあはパーを出した。
 
「ヒロの鬼〜っ! 十秒数えてね♪」

 るきあは、あっという間に遠くまで行ってしまった。
 目を両手で覆って、数え始める。
 
「いーち、にーい、さーん、しーい、 ごー、ろーく、しーち、はーち、 きゅーう、じゅう! よーし、捕まえるぞー!」

 パッと手を離して目を開けた時、目の前に知らない大柄な男の人がいた。
 男は、こちらを見て笑顔で話しかけてきた。
 
「君、かわいいね〜。写真、撮らせてよ」

 スマートフォンのカメラレンズをこちらに向けてきたので、手で顔を隠した。
 すぐに不審者だとわかった。
 
「ダメです!」
「じゃあ、 おじさんとあっちでお話ししようよ。 最近、小学校で流行ってるものとか」
「それもダメ!」

 不審者の男がオレの腕を掴もうとしてきたので、逃げようとした。
 Tシャツにハーフパンツという男の子の格好をしていたのに、声をかけられたことに、ぞわりとする。
かわいい(・・・・)」と言われた。
 性別を偽ったって、意味がないんじゃないかって怖くなった。

 ──いやだ。
 
 遠くに隠れていたるきあがこちらへ走ってきて、オレの名前を叫びながら、防犯ブザーを鳴らそうとした時……。

「うっ……」

 発作が起きてしまい、膝をついた。
 
「えっ……? まさか、発作!?」

 るきあには発作のことは説明してあった。
 しかし、実際るきあの前で発作を起こしたのは初めてで、そのせいでるきあは防犯ブザーを鳴らすのをためらってしまった。
 幸い、不審者の男の方もオレを見て戸惑ってしまったようで、その場でオタオタしていた。
 その時だった。
 
「とーーーーーーうっっ!!」

 どこかから男の子の声が聞こえて、ゲシッと音がした。

「いてっ!! なんだこのガキ……!」
「正義の味方、シャイニングマンたーんじょーうっ!!」

 どうやら、男の子が不審者に攻撃をしたようだ。
 しかも「シャイニングマン」と名乗っている。
 今朝も放映していた戦隊モノのやつだ。

 でもオレは、もうそんなことは考えられないほどに頭がぐわんぐわんとして、息苦しかった。
 そんなオレを見て、声をかけたことを後悔したのか、不審者はチッと舌打ちして逃げるように去っていった。
  
「“俺が来たからには、もう安心だ! さあ姫、お手をどうぞ”」

 それは、シャイニングマンの決め台詞。
 手を差し出しているのだろう、男の子の指先だけ視界に入った。
 しかし、オレにはどうすることもできず……。
 
「うぐっ……げほっ、げほっ!!」
「ど、どうしたんだ!?」
「君、大人の人呼んできて! 早く!!」
「わ、わかった……!」

 男の子は、走って公園を出て行った。
 オレはるきあに背中をさすられながら、大人の人が来るのを待っていた。
 それから大人の人が来て、救急車に乗ったところで、オレの意識は現実へ引き戻された。

 


 
「はぁ、はぁっ……!」

 息苦しくなって、飛び起きた。
 カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。
 
「ま、また夢か……」

 体を起こすと、倫太郎がひと鳴きしてベッドから降りていった。
 最近、あの夢を見ることが多い気がする。
 何か良くない兆候なのだろうか?
 
 あの時は、シャイニングマンの子にも申し訳なかったな。
 悪いのは、不審者の男なのに。
 目をしょぼしょぼさせて、倫太郎のご飯を用意しながら思う。
 
 きっとびっくりしただろう、話しかけたらいきなり苦しみ出したなんて。
 でも、あれは本当に死ぬかと思った。
 あの子が連れてきた大人が、鳴沢先生じゃなかったら……。
 
「……ん?」

 そういえば、あの男の子、オレと同い年くらいだった気がする。
 発作でよく覚えていないが、呼びに行ったのもわりと短時間だったような……。
 そこで完全に覚醒して、目を瞬かせた。
  
「んんんんんんんん〜〜〜〜!?」

 もしかして……。
 もしかして、あの子は……!




 
「なあ、るきあ。おまえ、シャイニングマンって覚えてる?」

 登校中、るきあに訊ねてみた。
 
「ああ、昔テレビでやってたやつ?」
「そっちじゃなくて、ほら、十年前にオレが不審者に声かけられた時の……」
「あー、あの時の男の子!? ていうか、ヒロ、思い出して大丈夫!?」
「実は、今朝夢で見て思い出したから、今は大丈夫」
「それなら良かった。で、シャイニングマンの子が何?」
「いや、オレも半信半疑なんだけど……」

 ちょっと、言うのがためらわれた。
 
「なによー。勿体ぶるわねー」
「あの子……鳴沢じゃないか?」

 オレが言うと、るきあはあんぐりと口を開けて言葉を失い立ち止まった。
 
「うそでしょー!?!?」

 ようやく思考が回ってきたのか、るきあは頭を抱えて叫んだ。
 そして饒舌に続けた。
 
「なんで、あの正義の味方の子が、あんな性格ひん曲がった鳴沢くんなの!?」
「ひどい言われ様だな……」
「だって、鳴沢くんって──」

 そこで、るきあは言葉を詰まらせる。

「と、とにかく! 鳴沢くんは、ヒロをライバル視してるから、気をつけてね!」

 ライバル視?
 ああ、学年首位を争っているからということか……。
 そんな風に思われていたとは。
 もしかしたら正体を知られているかもしれないし、気をつけるに越したことはない。
 オレは大きく深呼吸して、再び歩き始めた。
 

 学校に到着し、ビクビクしながら教室に入ったが、鳴沢の姿はなかった。
 晶に訊ねると、どうやら欠席らしい。
 あとで晶にも軽く説明しておくことにしよう。
 
「欠席か……助かった……」
「もし本当にあの男の子が鳴沢くんだったとしたら、どんな顔して会えばいいのかわからないよね……」
「でも、今まで何も言われてないってことは、オレ達に気付いてないか、まったく忘れてるか……」
「どっちでもいいから、忘れててほしいよ……」

 るきあとそう話していると、快活そうな女子が鳴沢の名前を呼んだ。
 
「鳴沢くん、いる?」

 たしか新聞部の部長でD組の子だ。
 
「えーっと、神楽(かぐら)さん、 だったよね?」

 るきあが対応すると、神楽さんは隣にいたオレを見て驚いた表情を見せた。
 
「わ。香西くん!」
「え、なに?」
「べ、べつに、なんでもないよ……」

 ハキハキした口調が、途端に口ごもるようになった。
 もしかしたら、サボってばかりのオレが教室にいることが珍しいのかもしれない。
 
「あー、そうそう。鳴沢くんに伝えてほしいんだけど」
「な、鳴沢に?」

 噂していた名前が出て、どきりとする。
 
「新聞部の記事の締め切り間近なの! 早く記事をまとめてって」
「でも鳴沢、今日は休みらしいよ」
「ガーン!」

 思ったよりオーバーリアクションな子だ。
 るきあも明るい方だが、この子はそれ以上かもしれない。
 
「連絡先知らないの?」

 るきあが間に入ってくれた。
 
「それが、何度か送ったんだけど、未読スルーなんだよね」
「うーん、何かあったのかな……?」

 二人が話している横で、オレは今日一日は安心して学校生活を送れると、胸を撫で下ろしていた。