「なんなんだよっ……なんで今さらっ……あんなに思い出してもらうためにっ……これじゃあ芽衣の気持ちはどうなるんだよっ」
「め、い……?」
初めて、その名前が頭にスッと入り込んできた。
めい。めい。なんだろう。今までは雑音のようで頭が痛くなるだけだったのに、今は懐かしいような不思議な感じがした。
それが、あの女の名前。
それが、俺が忘れている名前。
「……あぁ。芽衣は、兄ちゃんに思い出してもらうために必死だった。自分の身体のことなんて後回しで、兄ちゃんのことだけ考えてた。やり方が正しかったのかはわからない。兄ちゃんは兄ちゃんで苦しんでたのも知ってる。だけど、確かに芽衣は兄ちゃんに思い出してもらうためだけに頑張ってた」
殴ってごめん。そう言いながら俺の手をゆっくりと引いて立ち上がらせてくれた龍雅は、
「俺は、兄ちゃんと同じくらい芽衣のことが大切だ。だから、これ以上芽衣を傷付けたくない」
「……」
「兄ちゃんは、本当に芽衣と自分の過去と向き合う覚悟はある? それがどんなにつらくて苦しくて、また逃げ出したくなっても。しっかり受け止める覚悟はある?」
俺の覚悟を確かめてくる。
それに、ゆっくりと確かに頷いた。
「あぁ。今なら向き合える気がするんだ。向き合わなきゃいけないんだ。やっとそう思えたんだ。あの表情がどうしてもひっかかる。胸騒ぎがするんだ。だから確かめたい。もう、自分から逃げたくないんだ」
龍雅の目を見て答えると、龍雅は諦めたように大きくため息をついた。
「……わかった。じゃあ一回家に帰ろう。ここじゃ言えないこともあるし、俺だけじゃなくて母さんからも話を聞くべきだ」
俺に背を向けて歩き出した龍雅の背中を、ひたすらに追いかけて家に帰った。