そんなことよりも、何かを忘れてしまっているのならば、それを思い出したい。


そうは思うけれど、何をどうしたらいいのかが全くわからない。


奈子のおかげで一度正気に戻ったからか、家に向かう足取りは軽い。


何かを忘れている気がする。でもその原因はわかっていた。


二年前に俺は事故に遭ったらしい。


自分のことなのに"らしい"としか言えないのは、その時の記憶が曖昧だからだ。


どうして交差点でもない道路で事故に遭ったのか、それはよく覚えていない。


しかも俺は事故に遭った割には軽症で、入院期間もとても短かった。


コンビニから出たことは覚えている。確か絆創膏を持って、真っ直ぐ前しか見てなくて。早くしなきゃって、走って道路を渡ろうとした。


でもそれが誰のためなのか、どうして絆創膏を持っていたのかをいくら考えても何も思い出せないのだ。


目が覚めた時、母さんと父さんが泣いていた。



『良かった』



そう言いながらも、なんだか素直に喜べないというような表情だったと思う。


俺は軽症なのに、なんでそんなに泣く?


助かったんだ。もっと喜んでくれよ。


そう思っていた俺に会いに来たのは、ある一人の女だった。


退院して二ヶ月くらい経った後だろうか。


家のインターホンが鳴り、母さんの喜ぶ声が聞こえたかと思うと俺の部屋に誰かが通された。